夕焼けに彩られたは風が鳴いていると謳われた岬。静かな時の中、俺はそこに足を踏み入れた。何かその色は懐かしくて、心苦しくて、目にしみる様な色だ。
どうして──こう思うのだろう。
「どうした、カーシュ兄?」
後ろから無言で付いてきていたグレンが耐えられず声をかけてきた。無理を言って……と言っても半分ほっとしていた様だったが……同行させてきたのだ。キッドがそうしろと言っていたのだからきっとこいつにも何かあるのだろうと。
「なんか、この色が目に染みてな……」
次第に胸が高鳴ってくる、頭の中がぐるぐると回り始める。記憶を思い出そうとして、頭痛が来た時の、そのほんの一瞬の間の時間が永遠に続いてる様な、訳の判らない感覚が今俺の中にある。一歩間違えばまた頭を抱えて地に横たわってしまうだろう、それだけは避けたいが為に、その感覚に必死に耐えていた。
「…悪いな、無理に来させちまって」
「いいよ…、吹っ切れたとは言え、ちょっと辛かったもんだから。
こうやってカーシュ兄の仕事に付き合ってた方が、今は楽だ」
肩をすくめるあいつの弟に、俺は苦笑するしかなかった。俺と言えば……リデルの幸せそうな表情を見れるだけ、まだ良かった。ほんの少し、心苦しい所も無いとは言えないが…。
歩くテンポを早めて、グレンは俺の隣に並んで歩き始めた。
「んで、今日の仕事は何だったんだ?
兄貴達の婚礼式だってのに、やらなきゃいけない仕事って」
「どうもテルミナの方でな、此処で幽霊にあったとかないとか噂が広まってみたいでな。噂なものだから人も居ないのに声が聞こえて来ただとか、人が消えていっただとか、四方八方噂が散らばっちまって。
気味悪がる奴も結構居て、影ですごい事になってるらしい。それを治める為に俺が実際にそれを確認しに行く訳になった」
「…何それ?そんな事でカーシュ兄が直々に行くのか?」
「…………指名されたんだよ、名指しで」
今思って見れば間抜けな仕事だな、と俺は思った。この島を護る為に俺達は居るのだから、こういう事もしなくてはならないんだが……どうして俺が指名されるんだ?それほど俺は強いと思われているのだろうか。
「カーシュ兄の場合は、強いというよりも根性があるというか、そういうのにものともしないとか、逆に幽霊が怖じ気付いてしまうとか思われてんだぜ、きっと」
「むが…っ! うるせーんだよこのぼさぼさ頭!どーせ俺は外見そう見えるよ!」
「何だよ、怒る事ないだろ!」
俺の考えを見透かした様な言葉に一瞬ぎくりとし、気付かれない内にグレンの首に腕を回して、動けない様にしてからその緑灰髪の髪の毛をぐしゃぐしゃにかきまわしてやった。暫くぐりぐりと回してから、すっきりとしたのでグレンの頭を離す。見ればグレンの頭は出鱈目に跳ねていて、逆立っている様にも見える。
「うわ〜、ぐっしゃぐしゃ」
「がはは、小僧みたいだな」
「……『セルジュ』の事?」
出来るだけ引っかからない様に意識して言われた名を聞いて、俺は軽く頷いてみせた。
……名が頭痛を引き起こすこいつも、大変だな。
「あいつは元々髪の毛が跳ねる髪質だからな。抑えるのに苦労するだとか、纏めるワックスがきかないだとか、女共が騒いでたっけな」
「あ、うわ、やめて。その記憶、なんかすごく嫌な気がする」
「そうか? ……いや、俺もあまり、思い出して気持の良いものでも無い気が……」
…………待てよ、俺はこんな記憶、何時思い出した?
ふと、目の前には風鳴きの岬へ続く道が続いていた。その奥に赤く広がる夕焼けの大空。何もかもが吹っ飛んでしまいそうな程の、赤い色が異様に目につく。
何だ……… ……何だ?
何かが、弾けようとしている───────?
…今なら、全てを思い出せるのかもしれない。
「カーシュ兄?」
横から、不思議そうに俺を眺めていたグレンが俺に声をかける。
それを横目で見て、空を見、そっと呟いてから、俺は歩き始めた。
「……行こう」
全てを、明らかにするために。