場所は先に行った寝室の通りに移る。そこを通る途中、元々は子供らしき姿だったろう"何か"を階段の間で見つけ、セルジュが絶句している所をカーシュが無理に引きずって来たというのは、既に後の話になる。しかしその通りでは、二人ともが絶句する事になる。目の前の炎の壁を消したは良いが、そこには天井の一部が崩れ落ちていて、とても移動する事の出来ない状態に陥っていた。
「嘘……」
カーシュでさえも声が出ない、この絶望的な事実に二人はどう対処して良いのかが思い浮かばなかった。それ以前に熱さと火傷等による身体の痛みに意識等麻痺寸前なのである。
「ど、どうやったら……」
くらりと、セルジュが後退る。
落ち着け、落ち着けと呪文の様に繰り返し唱え、再発した震えをぐっと堪える。
ここはもう駄目だ、ならどうすればいい?他に行く道は?行く道?そういえば、まだ行っていない所が……
「小僧、上に行くぞ」
セルジュがその考えに辿り着くのを待っていたかの様に、タイミング良くカーシュがそう言い放った。
「もう其処しか道は無い。だからと言って諦められねぇんだ、判るな?」
「……うん、大丈夫」
「よし、いく…」
『ごめん!マスター。ボクの力もここまで……。』
ふわりとカーシュの身体から光が溢れる。…今度は、グランの声だった。
「しまった、限界か!」
「カーシュっ!」
また一人仲間が消える……自分が、一人になる。
瞬間、目の前が真っ黒になった。もし自分が恐怖に勝てなかったら……誰が自分を諌めてくれる?すがり付く様な勢いで彼の元へと駆け寄る。どうしたら?どうしたらいい?
…………混乱。
だんっ!
異変に気付いたカーシュは押さえ付ける様にセルジュの身体を壁へと押しやる。手首を握り締め、額がぶつかる程に顔を近付ける。
「怖がるな」
真直ぐに、見つめながら。
「お前は何をしたかった?」
怯える夏空色の瞳を。
「どんな事を思っていた?」
自分を見て。
「……甘えんなよ?箱入り息子。自分の惚れた相手位、自分で護ってみせろよ?」
に、とカーシュの赤い、炎の様な瞳が笑った。
「……カーシュ」
「お前らしく、やりゃあいいんだよ。グレンも言っただろ。」
半透明になっていくその身体で、その手でぽふりとセルジュの頭を撫でる。
「行けよ、小僧……お前のキッドをこの炎から取り戻して来い。……待ってるからな」
すぅ…ん
姿が、見えなくなった。
「……………」
後にはもう、炎と子供の声しか聞こえない……遠くで誰かを呼ぶ様な声しか。ゆらりと前へ傾くと、セルジュは何時の間にか落していたグランドリームを手にし、走りだした。
もう迷わない。
必死になって自分を護ってくれた彼等の為にも、絶対に。
キッドを……取り戻す。
しかし、道が無いのは先にも後にも同じだった。上の階に賭けるしかないと、階段の間の向こう側を見ぬ様セルジュは上へと駈け上がった。もしも上にも無かったらあの寝室の通りを無理矢理に通れば良い、通る事が出来ればどうなってても構わないのだとも思える様になると、微かに心が軽くなった。かたんと上がり切った所に赤く燃え上がるモンスターが居ようとも、即座に間を置ける程余裕を持つ事が可能になった。
何度かの攻撃を加え、敵の攻撃を難無くかわしてセルジュはグリッドを空に表わした。一つの青い光が弾けて消え、グリッドと共に下から光が上へと溢れてくる。
ぱしぃんっ
音と共に巨大な氷の塊が地から突き出し、その氷の柱に捕まったモンスターは凍り付けになる。辺りは炎、氷が溶ける時間は早かったが、その一瞬の間をセルジュは逃さなかった。懐へと潜り込み、ターンしてから腹へと刃を潜り込ませ、そのまま薙いだ。その勢いに飛ばされて壁へと叩き付けられ、モンスターは動かなくなる。
ふう、と熱い息を吐きセルジュは辺りを見回した。其処は普通の部屋の様で、辺りには扉がひとつしか見当たらない。しかも扉がある方向は始めの広間の方向に向けられていた為、寝室へ繋がっている確率は低い。それでもセルジュにはその少数の可能性に頼るしかなかった。
近付き、ノブに手を掛け……
「……危ないよ、お兄ちゃん!」
後ろから来た声に振り向きかけ……セルジュはそのまま扉ごと飛ばされた。受け身の体勢を何とかとるが、床に叩き付けられて目の前がぱっと白く光り、呼吸が止まる。
目前には、赤く燃え上がる……何度倒しても絶える事のないモンスターが佇んでいた。
「く……」
咳込みながら目眩を起こす頭を抱え、辛うじてセルジュは立ち上がり構えた。
[女の子の声が……、した]
直感的にキッドではないと理解できたが、その少女が何処に居るのかがまだ不明だ。もし敵の攻撃が少女の隠れている場所に行ったら少女は無事では済まされない。
「お兄ちゃん!」
はっと気付き、セルジュは目前まで来ていたブレスを反射的に横へ避けた。そのまま回り込んでモンスターの腕を斬りつける。きしぃん…とグランドリームが音を立てると同時に腕と胴体が離れ、ごとりと腕が床に落ちる。
「いい加減に……しろぉっ!」
グリッドを空に表わし、光が下から上へと溢れ出る。白い光が弾けると同時にセルジュの身体が空へ浮かび上がり、地から天へと白き閃光が部屋一帯に迸る。白い閃光がモンスターの赤い身体を貫き、光が消えた頃にはモンスターは横たわっていた。
とんと地へ降り立ちセルジュは辺りに居る筈の少女を捜す。部屋の中にはベッド、棚、観葉植物、椅子と隠れる所など見当たら……ベッド?
ベッドへと近付き、膝をついて下側を覗いて見る。其処には小さくうずくまる少女の姿があった。
「大丈夫?さっきは有難う」
怖る怖る延ばされた手を握り締め、出来るだけ優しく引っ張り出す。
「大丈夫……お兄ちゃん、向こうの、テラスにお兄ちゃんが居ゆの」
「テラス?……そっか」
テラス、という事は通りではない。……これで寝室に繋がる道は断たれた。かと言ってここで落胆している暇は無い、ここが駄目なら、無理を承知で下の通りを通るしかない。それをする前に少女をこの家から連れ出さなければ。
少女を火から出来るだけ遠ざけた所に移動させ、テラスへと走る。扉を向けたその向こうは吹き抜けになっており、下は半分が炎に包まれた広間が見え……その中に存在する赤いモンスターを見、セルジュは目を見張った。
「な……!」
倒した筈の敵が姿を現わしてその場に居た。何時から其処に居たのか、猛然としたその姿は周囲に火をばらまく。そのまま、視線を横にそらし……
「…っ」
よろめき、がたん、と背が壁に当たった。
既に其処には人等、居なかったのだ……
「……お兄ちゃん」
「!」
何時から居たのか、隣で少女が小さく呼んだ。それを呼んだのはセルジュなのか、それとも目の前に居る筈だった少年の事だったのか……
「……ここは危ないよ。何処か安全な場所へ……」
部屋へと引き戻し下へと降りようとする彼の腕を掴み、少女は引き留めた。
「そこにね、床が外れる所があゆの。そこから寝室に行って!」
まるで自分の思考が判るかの様に少女は寝室への道を教えてくれた。
「でも、君は……!?」
「あたしはここで待ってゆの、待ってろって言われたから」
「誰に、お兄ちゃん……に?」
少年に言われたのなら多少強引にでも説得して連れて行けたのだが、少女は首を横に振った。
「キッドに。さっきまで居たんだけど、キッド一人でルッカお姉ちゃん追いかけて行っちゃった」
「……ここに、居た?」
こくり、と少女が頷く。
迂闊だった。キッドは恐らくルッカが居るだろう寝室に居るのではなく、『向かった』のだ。前からあの通り道が火の壁によって遮られていたのなら、キッドはこの部屋へ来る事を予想出来た筈。寝室への他の道を知っていたが為に。
『炎を消す手段』ではなく、『寝室へと向かう手段』を少年から聞き出すべきだったのだと、苦い思いが心の中に広がる。
「あたしね、キッド待ってゆの。だから、キッド連れて来て。
待ってたいの。皆と一緒に行きたいの」
心もとない口調。少女の純粋で、且つ悲痛な思いが伝わる……セルジュは軽く、少女を抱き締めた。
「ごめん、来るのがもう少し早かったら、助けられたのかもしれないのに……
キッドは絶対に助けるよ。だから待ってて、でも危なくなったら逃げて、隠れてても良い。」
「うん、キッド連れて来てね、お兄ちゃん」
こくり、と頷くとセルジュは立ち上がり、部屋の隅にある床の蓋を開ける。中は薄暗い空洞……下から微かな光が見える。一度だけ少女を振り返り、セルジュはその中へと入って行った。