目の前に広がったのは……とても鮮やかな、鮮やかすぎる…紅の炎。




[過去の狭間で]


 一瞬、その炎の鮮やかさに含まれた残酷さに気圧されてセルジュは一歩後退りをした。
その空間へ入った時の一瞬吹き荒れる熱さ、一斉に騒ぎ出す火のついた家々と子供の悲痛な悲鳴、目の前で壊れてしまった機械、荒された部屋の中心に佇む炎色のモンスター……
がしり、と崩れ掛けた背を支える手に気付き、セルジュは顔を上げる。
「……グレン、カーシュ」
「大丈夫か?セルジュ」
「しっかりしろよ、……キッドを助けに行くんだろ?」
 はっと目が覚める……そうだ、自分はキッドを……夢にとりつかれたキッドを助ける為にここに来た。それなのに自分が気圧されてどうするのだろう。
く、とグランドリームを握る手に力を込めて彼は前を向いた。
「…よし、その調子だ小僧!」
「うん、行こう!」
 たん、と足を踏み込み彼は炎の海の中へと潜って行った。

 辺りは騒然と炎の海に包まれたままだった。
目の前に居るモンスターを警戒しながら時々聞こえる木々の焼ける音、皿が割れていく音、炎の風に揺れて動く窓に気を取られてしまう。特に、甲高い子供の悲鳴声はキッドを思い出させられる。
何処に居るのだろうか。
まだ生きているのだろうか。
炎に身を巻かれていないだろうか……
 火に包まれて暴れ狂う所という考えたくもない光景が、閃光の様に彼の脳裏を駆け巡る。この炎の恐怖と次第に己の身体に襲いつつある熱の苦しさと悲鳴の恐ろしさに意識が飛びそうになる。
[キッド……!]
 もしここで助けられなかったら今まで自分の横に居てくれたキッドが居なくなるかもしれないという、彼だけの恐怖。己を支配しつつあるとも知らず……
「熱ぃ……」
 か細く聞こえる子供の声にびくりと反応し、セルジュは辺りを見回した。彼だけに聞こえる微かな声、助けを求める子供の……
「小僧!」
 ばちぃんっ!
 気付いて振り向いた瞬間、目の前まで襲って来ていた炎の塊は何かに弾かれ四散していた。己を取り巻く薄く白い結界……Mイレイザーがセルジュの身を炎から護っていた。それを理解した途端彼は攻撃を仕掛けたモンスターの懐に飛び込み、グランドリームを左から右へと一気に薙ぐ。ぱぐんと一線した所から上半身が崩れ、モンスターは二つに分かれてずしりと倒れた。
 その様子を横目で見る事も無く、セルジュはそのままある方向へ走り出して辺りを忙しく見回す。
「おい、小僧」
「ごめん黙って!」
 先程の様子のおかしさを問う為に話しかけたのだが、一時の猶予も無い様な声で叫ぶセルジュにカーシュは息を飲んだ。気付かずセルジュは何かを探し回り、突然、火のついた天井の破片だったろう板を素手で持ち上げ始める。
「せ、セルジュ!何やってんだよ!」
 グレンの制止も無視しセルジュは次々と板を持ち上げて横に避けていく。自分の腕が火傷に見舞われようとも続け…ぴたりとその行動が止まる。呆然と見ているしかなかった二人は、膝を付いたセルジュの向こう側にひとつの影を見つけ、彼の行動の意味を知る。
「けほっ、けほ……っ」
「良かった……、大丈夫?」
 奥に隠れていたのは一人の少年……
「お兄ちゃん…誰? もしかして僕等を助けに来てくれたの?」
「…いや……そういうわけじゃ……。 ……、……立てるかい?」
 うん、と弱々しく頷いて少年は立ち上がった。身体中火傷等の傷痕が痛々しい……
く、と少年はセルジュの服を引っ張った。
「まだ、中に皆が居るんだ。ルッカ姉ちゃんやキッドも戻って来てない」
「キッドが!?」
「知ってるの?キッドはルッカ姉ちゃんを追って一人で奥に…
 僕等は逃げろって言われたんだけど、あの紅いモンスターから逃げてる内にばらばらになっちゃって……
 お願いお兄ちゃん、皆を助けて!皆、まだ熱がってる……」
「……ああ、任せておけ」
 必死に願う少年にセルジュは頷き、彼にしてはらしくない口調で答える。少年を安心させる為にわざと言ったのだろうと、片隅でカーシュは思いながらふと何かを見つけ、その方を見た。柱時計が妙にごとごとと動いている。
「…? おい、グレン、小僧」
『?』
 呼ばれて顔を上げると、視線は柱時計の方へ向けられているのでつられて二人もその方を見る。同じく妙にごとごと動くのに不思議に感じ……
「…誰か入ってる!?」
 漸く理解し慌ててカーシュが柱時計をこじ開ける。案の定、中から少女がぐったりした様子で現われてカーシュは少女の肩を掴んで支えた。少年が少女の名をぽつりと呟く。
「…グレン、悪いけど二人を連れて外へ誘導してくれる?」
 立ち上がりながら言うセルジュの言葉にグレンは頷こうとするが、少年がそれを否定した。
「僕等だけで十分だよ、扉なんてすぐ近くだしっ」
「外まで火が広がっていたらどうするんだ?」
「大丈夫!だから、皆を助けて。ルッカ姉ちゃんを……キッドを助けてよ!」
 有無を言わせない強い言葉に、一瞬言葉が詰まるもセルジュはゆっくりと頷いた。彼の願いを無駄にしてはならない、だからこそ早く皆を……キッドを見つけなければ。本来ならばこの子達に構っている暇など無いのである。刻一刻と炎は家を蝕み、家は軋み歪み始めている……崩れたら危ないのは自分達だ。
 だからと言って……セルジュには彼等の事を見過ごす事など出来なかったのである。
「回りに気を付けて、遠くに逃げる様に。」
 少女を少年に預けてセルジュは二人の元へと駆けつけようとするが、少女が咄嗟に何かを差し出した。それは紅い、見た事も無いエレメント。
「何かに役立つかもしれないから、持って行って、お兄ちゃん…!」
「……有難う、元気で」
 ふわりと微笑んでから、セルジュは既に隣の部屋へと移動した二人の後を追って行った。紅い部屋に残るは、少年と少女と……………………………






「あった!」
 炎を掻き分け、セルジュは壁にかけられているかわった銃を発見した。階段の辺りで助けた子によるとキッドは今彼等が居る部屋とは反対側に向かったと言う。しかし、そちらの道は火の壁でとても抜けられそうに無かった。それを見て呆然とした彼等に少年が教えてくれたのは、『ルッカお姉ちゃんが作ったアイスガン』が部屋の何処かにあるという事。それを使えば火の壁の向こう側へ行けるかもしれない、微かな望みを抱いて彼等はその銃を探しに来ていたのだ。
 一目散に銃へと駈け寄ろうとした時、ごぅん、と大きな地鳴りが響き地が揺れた。
「セルジュっ!」
「え……」
 立ち上がり前へ一歩足を踏み始めていた彼は、グレンに名を呼ばれて振り返り……その途中に棚が自分に向かって倒れてきているのが見え……身体が硬直した。
[避けられな……]
 頭上に手をかざすのも侭ならず目を閉じ……
がしゃがしゃんと音がするだけで、衝撃が無いのにセルジュは顔を上げた。目の前に見えるは、寸前の所で棚を支えるグレンとカーシュの姿。
「……グレンっ、カーシュ!」
「大丈夫みたいだな、良かった……」
「ったく、世話焼かせやがる……」
 背にかかる重みと痛みにも関わらずグレンはセルジュの無事な姿を見、安堵の笑みを浮かべた。カーシュも不機嫌そうな表情をしているが、幾分ほっとした様子が伺えた。がぐんと音を鳴らしながら棚が元の場所へ戻され、その間にグレンに促されて銃を取っていたセルジュの元へと行き……
ぱしんっ!
 突然、振り向き様のセルジュの頬に掌が放たれた。打たれた方も、それを見た方も呆気に取られて何があったのかが判らない、という様子。
「小僧、何を焦ってる?」
 セルジュの頬を叩いたカーシュが、自分よりも背が低い青年を見下ろした。
「焦っていても何もなんねぇだろう?自分が身動き取れなくなったら誰がキッドを助ける?」
 怒っている様子では全く無い、只、彼の心を見透かそうとするかの様な視線……気が遠くなるのを感じてセルジュはグランドリームをきつく握り締め、にこりと笑った。
「判ってるよ」
「判ってねぇよ」
がごん……
 遠くで何かが崩れ落ちる音が聞こえ、セルジュの身体が一瞬びくついた。先程までの余裕が何処にも見当たらない、青ざめた表情が一気に表へと出る。左手で顔を覆い震える彼を見、カーシュとグレンは眉を潜めて沈黙した。
 最初に動いたのはグレン。両肩を抱き、頭を下げて視線を合わせる。
「セルジュ、何を怖がってる?」
「な、にを……?」
「震えてる」
 自分で気付きさえもしなかった、身体の震え。気付いた途端頭の中が真っ白になり……セルジュを自分の身体を縮めた。
「セルジュ」
「……わかんない……」
 何時からか聞くまい、と必死に無視してきた子供の叫び声が脳に焼き付く。炎の音が辺りに散らばる。
「わかんない、何が怖いなんて。何に怯えているなんて。わかんない!」
 己が何を言っているのかも、判らない。
突然横から出て来た手によってセルジュは思いきり肩を掴まれ身体を揺さぶられた。身体中の神経がばちんと斬れた感覚を受け、セルジュは少しだけ意識を取り戻す。そして、横から前へ向けられた先には藤色の髪を垂らした青年……カーシュが顔を近付けて言った。
「何を正反対な事を言っているんだてめぇは!
 お前は怖いんだ、この炎が!
 お前は怯えてるんだ、キッドを見つけられなかったらという恐怖に!
 怯えるんじゃねぇ、怖がるんじゃねぇ、全ては死ぬ気でキッドを助けた後からにしろ!!
 やる前に悩むよりやってから悔やめ! お前はそれが出来る人間な筈だ!
 炎に飲み込まれるんじゃねぇよ!!」
 飲み込まれる……?炎に……
自分を見据える赤い瞳にまるでかけられていた魔法を解かされるかの様に、少しずつ落ち着きが彼に戻ってくる。夏空色の瞳からは次第に彼の『意志』が戻ってくる様にも見え、ほっと安堵の息をつこうとしたのも束の間、
『マスター……。ごめん、ボクの力はここまで……。』
 唐突に、グレンの身体から光が溢れてくる。
「グレン!?どうした!」
「判らない、いきなり……」
「…リオンが限界なんだ。……グレン!」
 何が起こったのかが理解した瞬間、セルジュはグレンの名を呼んだ。今の心境の彼にとって、信頼出来る仲間を失うのは心に大きな不安を持たせる。腕を引っ張り、すぐにも消えそうな身体でグレンはセルジュを抱き締めた。
「大丈夫、カーシュが居るんだ、絶対、絶対見つけられる、自分を信じるんだセルジュ。
 今何も考えなくて良い、全部やった後で考えろよ、生半可で帰って来たら許さないからな?
 お前らしく、頑張れ……」
 かしゅぅん…と吸い込まれる様に彼の姿も気配さえもその場から消え去り、セルジュは立ちすくんだ。
俯き、ペンダントを握り締め深呼吸をひとつ。そして隣で静かに居たカーシュの袖を、きゅ、と掴む。
「ごめんね、グレン、カーシュ……有難う。 ……行こう」
「……よし、行くぞ!」
 ばん!と背中を強く叩き、痛みに耐えながらセルジュは苦笑いを浮かべ、走りだした。

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