暗い闇だけが存在する筈の森林、その一角に、煌々と煌めく光が在った。
 近付いてみれば、微かに他の音も聞こえて来る。人の笑う声と、かちかちと燃えて行く炎の音、そろそろ夜が明ける頃だというのに今だ上機嫌に酔いしれているというのが伺える。
 何処かの冒険者だろうか。そう考えもしたが、このシレイスの森は帝国側に位置する。如何に冒険者の行き通りは自由となっていても、仲間となるかもしれぬエルフ族を迫害する国には、酷く大事な事情がない限り近付かない。近付くと言えば、帝国を故郷としている者達が殆どといっていい。
 それに、ここは丁度帝国と公国の境界線、諍いが起こるのは日常茶飯事と言って良い。国に頼まれた冒険者ならともかく、誰が好きで自分達とは関係ない戦場に赴くだろうか。
 冒険者だろうとも、盗賊だろうとも、あまり関係の無い事だったが。
 ふ、と青年は息を付いた。今迄ずっと森の光に向かって一直線に歩いている。隠れる事も何もしない、向うは酔いに溺れて気付きもしない。出来れば気付いてくれれば事は楽だったのだが、仕方が無いと、彼は無造作に彼等が集まっている場所を遮っていた草を掻き分けた。
 流石にそれには気付いた者達が、散り散りにこちらを見る。
「失礼する。何故にこの場に宿営地を置いたのか、申し訳ないが理由をお尋ねしたい」
 この場に似合わぬ流暢な言葉が紡がれ、森の奥へと溶け込むように消えて行った。完全に沈黙した男達は、次に、ぞろぞろと武器を手に立ち上がり、緩慢な動きで青年の周囲に纏わり付いた。
「綺麗な黒髪をしてなさんな」
「眼の傷が目立たなければ、いい顔立ちもしている」
「体力はあるだろうかな。」
「そんなものすぐにつく」
 口々に吐かれる言葉と共に酒の匂いが漂って来るが、青年は眉のひとつも寄せずにじっと周囲を見回していた。
「お答えは、出来ぬという事で受け取って宜しいか」
「公国の貴族……だよなあ」
「どうしてこんな所にいるのだか」
「そんなことはどうでもいいじゃねぇか」
 集団の一人のよごれた手が、青年の顎にかかる。無理に男の方へと向けられて、頬を撫でられる。
「上ものだ。高く売れる」
「少しぐらい汚しても構わないかね」
 くぐもったいやらしい笑いが背後で響いた。
 その時だった。がさりと頭上で木々が揺れたかと思うと、空色の何かが落ちて来る。それは何かを振り降ろし、青年の顔にかかっていた腕に当てて鈍い音を出す。
 とさりと軽い音を立ててそれが地に降りると同時、男の腕が逆の方向に曲がっているのを、他の男達が目の当たりにする。刹那に響く、絶叫。
「腕が、腕がぁ」
「煩いなあ。斬り落とさなかっただけでも感謝してくれない?
 単に侶道さんに血がかかるの嫌だったから斬らなかっただけだけど。」
「……」
 青年が苦い笑みを浮かべて空色のそれを見た。それは彼よりも遥かに幼い少年で、空色の髪と瞳を持っていた。背丈もまだ小さく、顔立ちも幼い。大人びているのは、その瞳の奥に宿る光のみ。
「それで、どうでした?」
「野党の類いじゃないかな。答えてくれないのでね。それなりの事情はあるようだ」
「そうですか、じゃあ、心置きなく出来ますね」
「…て、てめぇら」
 男の一人が我にかえった様に憤る。それにならって、他の男達も殺気立ち始めた。
「遅いよ」
 空色の少年が、不適な笑みを浮かべた、と、男達が一斉に武器を振りかぶる。

 ざわりと木々がざわめいた。
 深い深い、森林の一画。
 周囲からそこへと集まっていく大気の緊迫感。
 緊迫感に気付いて飛び去っていく鳥達。
 逃げていく動物達。
 逃げないのは、人間だけ。

「炎玉 召喚」
「" ウェル・シャイド "!」

 赤い、柱が天を突き抜けた。


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