朝靄が森の中を漂っていた……それに薄く隠されていた太陽は徐々に顔を出し、森の中は少しずつ目覚めていく。瞼を開くと次第に白い視界がはっきりとうつされて見え始める。囁く森の中を通りすぎる風の音、葉がかすれる音、鳥のさえずり……その中で違和感のある呼吸。
「…セルジュ?」
上半身を起こし、隣で荒い息をしている少年に呼びかけたが返事は無い。まだ眠っているのか…それとも意識を失っているのか、どちらにしても彼の容態が悪化にしている事には変り無い。キッドは上気して赤らめている頬に触れ、眉を潜めた。
[……熱い……]
汗がにじむ頬や額に震える様に息をする青ざめた唇……だるそうに地に横になっている姿が事の重大さを伝えた。多少の傷ならば一日の眠りで多少治る事も可能だったのだが、その傷が深かった事と昨夜思ったよりも冷えたのもありセルジュの身体が耐えられなかったのだろう。何よりも、彼は寒気が苦手の筈だ。
このままではどんどん悪化していくだけだ、どうにかしてここから……
………
「…!」
音も無くキッドは立ち上がり、周囲を凝視した。何か何処かで聞こえた気がする。
……ュ…
今度は確実に『音』として捕えた。それは聞き覚えのある誰かの『声』……
キッドは迷わず走り出し、その『声』目がけて突進する様な勢いでそれを追掛けていく。昨日よりは少しだけ軽い身体を構うこと無く木々を潜り抜けさせる。枝を折り、長い草を掻き分け、根に脚をとられつつも……
「…龍の子、イシト!」
「あ、キッド!キッドだ!」
「キッド、無事でしたか!」
敵と思われていたのか草の中から彼女が姿を現わした時二人は構えていたが、相手がキッドであると判ると警戒を解き、一気に明るい声が森中に木霊する。飛んで来た龍の子を抱きとめてキッドは驚きを隠せず笑い出した。
「信じられねぇ、どうやってここを突き止めた?」
「昨日、龍の子がこの近くで炎のエレメントが発動したのを見たと言ったので。
かなり一か八かの賭けでしたが、どうやら当たったみたいで良かったです」
イシトの言葉に目を細めて…そういえばとキッドは昨日の事を思い出す。昨夜、自棄になり放したあのエレメントがこんな形で仲間に知らせるとは。
「あれ、キッドが出したの?何かあったの?」
「いや…何でもねぇよ。お前が気にする事でもないさ」
「ふぅん?」
「キッド……」
先程とは変り慎重な面持ちでイシトがキッドに話しかけた。キッドが龍の子からイシトに視線を移すと、彼は自分の腰につける携帯バッグの中からエレメントを取り出した。
それは、元々自分が身に付け……そして落してしまったエレメントだ。
「俺の…?一体、何処で」
「道先行く途中に落ちていました。 キッド、貴方はあまり回復エレメントを装備しない方でしたよね?そして私が見つけた量……グリッドの数から言って貴方がつけるには多すぎる。
という事は……セルジュのも含まれているのですね。
キッド、セルジュはどうしているのです」
…しまった…っ
仲間との再開の嬉しさの余に自分がどうして彼等を見つけたかったのか、一瞬記憶の底に封じられていた。それが解除された途端キッドはイシトに迫る様に叫んだ。
「セルジュが!あいつが、危ねぇんだ…っ」
ふぉお…っ
光が弾け、セルジュの体内へと吸収されていく。淡く彼の身体を包み…光が消え、それと同時にセルジュが目を覚ました。まだ完全に傷が治っている訳ではない為にまだ息が荒いまま、言葉が紡がれる。
「龍の子、イシト…?」
「セルジュ!セルジュ、大丈夫?平気?痛くナイ?」
「応急だ……エレメントだけでは無理だな、ドクの所へ行こう。少し我慢できるな」
こくりと浅くセルジュが頷くのを確認すると、イシトは上着を脱いでから彼をゆっくりと背負い、キッドにその上着を彼にかけてもらってから歩き始める。その一歩一歩の歩く動作が彼にとっての身体の負担になる事は十分承知している……ひとつひとつの動作に力が入った。
「…龍の子」
「何?セルジュ」
「ごめんね、置いて行って……」
「ううん!良いんだよ!」
「有難う…。 ……イシト……」
「…ん」
「ごめん、大丈夫だから……イシトまでバテたら大変だよ」
既に自分の為に考慮されているのに気付いてる……苦笑し、イシトは囁く。
「君は気にしないで良い。……休めるなら休んでおけ。ドクの所迄の辛抱だ」
肯定の声が聞こえた後に彼の身体から力が瞬時に抜けた。少々無理をしていたのだろうか、気を失ったかの様だった。
「龍の子、頼みます」
「判った!」
ふわりと浮き上がり龍の子は森の上空へと飛び出す、降りて来て方角を指し示しながらそれに従って彼等は次第に明るくなりつつある森の中を歩いていく。ここには獣道さえも無い、自らが道を作らねばならなかった為に時々目の前に広がる草の中をキッドは率先して進んだ。少しでも、セルジュ達の負担を軽くしなければと。
「キッド」
「…何だ?」
振り替えると、苦笑いを浮かべている金髪碧眼の青年が見える。
「貴女も無理をせずに。後でセルジュに知られたら心配されますよ」
「大丈夫だよ、こんな事位俺にやらせろ。
俺を護るだか何とか言って自分がこんなになっちまってんだから、自業自得だろ」
「…………そうですか」
怪訝な表情でキッドは振り返り立ち止まった。イシトの最後の言葉の語尾が…どうも嬉しい様なものだった為に。
「何が嬉しい?」
「いえ、……あまりにもセルジュが一途だな、と」
「は?」
「貴女を護りたいというその一途な思いがとても微笑ましくて」
呆気に取られて彼女は表情を失った。
確かにセルジュは「護りたい」と言ったがどうしてそれが微笑ましいのか、イシトが嬉しく思うのか。
「……貴女はもう思い出しているのでしょう? あの砦で……刺された時の事を」
「…ああ、まあ…」
「その時からセルジュは、護れなかったという後悔が残ったのですよ。
カーシュと私と、3人で酒を酌み交わしあった時にぽろりとこぼしたのです、その言葉を。
だからもし会えたら今度こそ護りたい、貴女を命の危険に晒す事はしたくない……
でなければ……」
「…でなければ?」
にこりと、イシトが微笑む。
「それは直接彼に聞いて下さい」
「……出来るかよ。恥ずかしい言葉が出て来るだけだろ。面と向かわれて言われたら拳が出ちまう。
セルジュの代弁者が腐る程いやがるからこいつから直接言われる事が少ねぇんだ、……聞いてられっか」
振り返り再び歩き始めるキッドの後を歩き始めながら苦笑が止まらなかった。
「代弁者…ですか」
悪く言えばお節介、である。
『……ほっとけねぇんだよな』
今となっては無二の親友とも言うべき存在の言った言葉。心にも身体にもその存在自体にも重いモノを背負った少年、誰がどう言おうと自分が大切にしたいと思っている者だから……その彼の強き想いを護りたいと思ったから。
「……全くこいつらは……」
歩きつつキッドは愚痴の様に呟く。彼がそこまで長い間思い続けていたのかと思うと、顔が真っ赤になっていくのが判る。自分に向けられたセルジュのまなざしを思い出すと少しだけ恥ずかしい思いが残る。だけど、嫌では無かった。味わった事の無い思いだったから。
彼と出会ってからいろんな事を経験した。仲間が居るという事、笑いあえるという事、お節介をされるという事、誰かに頼れるという心の余裕、一人ではないという安心感、誰かを護りたいという強く想う気持ち。……何時までも傍に居たいという願い。
[……強くなろう]
お前となら、なれるさ。一人では決して持ちえない強き力を手に入れられる、きっと。
視界が開けた。目の前にあるは……少々急だが、確実に上へと上がる事の出来る坂道。
「やっと出られるか……」
「もう少しですね」
「ね、セルジュ大丈夫かな?」
龍の子がぱたぱたとイシトの横ではばたきながら背負われている彼を心配そうに見ている。当の本人は今だ荒い息をしたまま瞼を重く閉ざしている。
「大丈夫だよ、こんな事でくたばる様な奴じゃねぇって。
俺が居る限りくたばっても自力で這い出してくるさ」
「そうなんだ!キッドすごいや」
「そうだろ?天下のキッド様だぜぇ? さあ、ここからはモンスターが出てくる。
イシトは降板するとして龍の子!俺達だったら心配ねぇが一応気合い入れて行けよ」
「判った、セルジュの為に頑張る!」
「よぉしその調子だ!」
二人で前へと突進していく様を見、苦笑しながらイシト空を見た。陽が完全に姿を現わして島の暖かさが次第に熱さへと変っていく頃だ、その太陽を眩しそうに見つめ、出来るだけ負担の無い様に軽くセルジュを背負い直してから再び歩き出す。
口元には、苦笑を浮かべたまま。
「……確信犯、か」