壮大な星の夢物語は終わり、
また新しい旅が始まる。
永遠に続く旅路の果てには…
[夢の果ての夢]
「…泥棒、なのかな? 何も無いところに入っても何もないんだけど」
金の髪の隙間から見える深い空色の瞳が一瞬驚いた様に見えた。無理も無いだろう、僕は今、『嘘』を付いたのだから。目の前で自分が突き出しているグランドリームには畏れも抱かず、彼女は真直ぐに僕を見ていた。
それは嬉しさの様で、哀しさの様で、希望と失望の混ざった感情……
「泥棒が家に入り込んで悪いか!それに俺は泥棒じゃねえ、盗賊だ!」
はっとした様に精一杯の睨みを僕に向ける彼女は…実は本当は愛おしくて。そのまま抱き締めてやりたい気持ちをぐっと抑え、僕は笑った。
「じゃあ、金目のモノを盗んで行かないとね」
グランドリームを下げて僕は自分の部屋へと向かった。勿論彼女は唖然とし…それでも立ち上がって後ろを付いて来ながらも僕に戸惑いの声をかける。
「な、なあ…お前、馬鹿か?盗賊をほったらかしにしていいのか?」
「ほったらかしにしてる気は無いよ。現に、付いて来てるじゃないか?」
きょとん、としたと思ったら真っ赤になる様子を少しだけ見て、僕は肩をすくめて笑った。彼女はからかわれたと思ったらしいが、僕は…そんな彼女の表情が見れたのが嬉しいだけ。
赤くなった顔に一層浮出る頬の模様がすごく懐かしい。
猫の様な夏の深い空色の瞳も、細い身体も、長髪を纏める…何時か僕が渡した赤い髪紐も、ぼろぼろになりかけの赤い服も。紅の様な赤い情熱も……だから。
引き出しの奥に密かに入れてあった小さな箱を取り出して、彼女の掌に握らせる。
「…!?」
「持って行って」
怪訝な表情のまま怖る怖る彼女がその箱を開ける。…中は紅い炎の様な色の小さな宝石がちりばめられた指輪が入っていた。彼女は僕とその指輪を交互に見、口をぱくぱくさせている。…彼女はこの石の価値を知っているから、驚くのも無理ないんだけど…
「………こ、これって…すげー高価な宝石じゃ…」
「うん、採取するのがすごく難しい古龍の塔近くの発掘物。
これひとつで10年はこの村の人達何もしないで生きてけるって位の価値」
「…ばっっかかお前!何でこんなもん…!!」
今が深夜だという事をすっかり忘れていた…止める間もなく大声を出してしまっていた後にはもう遅く、下で母さんの寝ぼけ声が聞こえてきた。隣のレナの家でも明りが灯り始め……辺りはこの部屋の異変に気付いてしまった。
僕は棒立ちとなった彼女の手を引っ張り、窓へと移動する。
「窓から出て東に行くと柵が見える。
そこを通り過ぎるとテルミナ行きの道が見えるから…早く逃げて」
声を潜ませて出来るだけ優しく彼女の背を押す。その押しに一応従うものの、窓の手すりに手をかけた時彼女は振り返った。
「何を…「何故俺を助ける? 何故…逃がす?これを渡す…?」
真剣な表情、それは彼女が小さな望みを抱えている証拠。……破片の望みを。
「……君は一生懸命に生きようとしているんだね。」
ふっ………と、彼女は表に出していた刺を消した。
僕が以前何時も言っていた言葉だったから…なのだろうかは、彼女にしか判らないが。
「一生懸命に生きているからこそこんな事だってしてるんだし、そんな性格をしているんだね。」
だけどその心の奥に隠されている素直さや優しさは今もあるだろう。それをこの先も隠すのだろう…そんな彼女だからこそ。
時間が無い筈なのに、彼女は視線を小さな箱に落す。近付く足音、声……そして。
ぐっと首元の服が掴まれて前へと引き寄せられる。彼女を押潰さない様手すりに両手を掛けて、反動を和らげる。
一瞬だけ……懐かしくて愛しい、柔らかさが僕に触れる。
小さな音だけを余韻に残して彼女は口端を上げて僕に笑って言った。
「次はこれに似合う様になって来てやる。
お前を落してやるからな、待ってろよ?
……じゃあなセルジュ……」
とん…
僕の胸を押して、彼女は窓の外へと飛び出していく。それと同時に母さんが部屋へと入って来た。
「何、誰か居たの?」
「んー…ちょっとね。大丈夫だよ、僕が待って居た…人だから」
「まあ、夜這かしら」
母さんの思いもよらない言葉にはいつも驚かせられる。苦笑いをし、僕は母さんを下に降ろし、様子を見に来てくれた皆に何でもないとだけ声をかけ、一人無言に部屋へたどり着く。
彼女が出て行った窓から外を見ても既に誰も居ない。だけど、あの姿はすぐに蘇る。
暗闇の中にも映えるあの紅い鮮明…金のなびき。
「…もう落されてるよ。ずっと待ってたんだからな…? …………キッド……………」
旅路の果てには新たな夢がある。
その星の夢は、新しい夢を紡ぎ始める。