その破片を見つけたのは……思い出してしまった第一人者は、俺だった。


 以前から漠然とした『何か』が心の中に引っかかっていた。俺のみならず他の者達……知り合いから恐らくまだ顔をあわせた事もない者もその思いを胸に抱えていただろう。靄の様な、ひとつの事柄だけを隠された自分の心、どうして思い出せないのか、どうして判らないのか、何も解決せぬままどうする事も出来ないまま時は流れていた。

 この靄がかかり始めたのは……そう、あの頃だ。蛇骨大佐の命により死海へと遠征した後からだ、そういえば…あの場所で何があったのかもいまいち思い出せない。死海へとたどり着いたのは良い、それから、気付いたら辺り一面見渡す限りの荒野………

 その荒野の前は、何だった?

 確かに何かがあった気がするのだが、思い出そうとすればする程それは荒野へとすり替えられていく。『何か』の背景が、何も存在しない、生命すらも誕生しないだろう地へと。
 その違和感は次第に薄れ……表の記憶から遠ざかって行ったが……














かつり……





 靴音が天井高く響く。だがその音を境にその空間は静まり帰ってしまい、不思議に思ったのか青年がその方を見上げた。青玉の双眼を見開き、慌てて手を前へと差し出すと其処に崩れかけた青年の身体が落ちて行った。自分よりも遥かにしっかりとした身体つきの男の身体を支えるのは一苦労だ、歯を食いしばり何とか落下を防ぎ、目の前で呆然を上を見上げている藤色の長髪の青年に怒鳴り出す。
「カーシュ兄、何やってんだよ! 危ないじゃないか… ……?」
 緑灰色の髪の青年の声が聞こえないのか、そこに青年の意識自体ないのか、その赤い瞳は虚ろ気に天を見つめるばかり。炎の様な紅の瞳が、いつもと無く薄れていたのに青年は言い知れぬ不安を感じた。
「カーシュ兄!」
 再度の呼びかけに答えたかうっすらと紅の瞳に光が宿り、青年は彼の身体を床へと降ろした。そろそろとゆったりとした動きだったが彼は床に手をついて自分の身体を支え、片手で顔を覆う。呆然とした表情がとれないまま……いや、先ほどよりも影の色を濃くした様な、痛みの含んだ表情。
「……どうしたんだよ」
 その言葉も廊下に響くのみ……答えも返さず彼はもう片方の手も顔を覆い、身体を俯かせた。息を大きく吸い込み……
「…っ畜生ッ!」
 突然の叫び声。こればかりは青年も身体が驚かない訳がなかった、近付けていた上半身を硬直させ、声も出ずその場に留まる。藤色の前髪をぐしゃぐしゃにしながら苛立っている様子を目の前にしながら、彼は何も言う事が出来なかった。
「……畜生、絶対、絶対に忘れたくねぇ」
「……何を?」
 怖る怖る、問い返す。

「………『何か』、をだ……」










 破片が落ちてきた……突然のフラッシュバックだった。
 その時に『何か』を胸の奥から引き出された気がした。
 それが何だったのか今はもう判らなくなってしまった。
 だけど、それ以来俺の中に、次第に皆の中に言葉が残った。


 それは自分にとっては大事な事だった。何にも変え難く、何にも勝る事がなかった大事な何か。
 だけど今は何も判らないまま…その欠片さえ何処かに失せてしまいそうな程のささやかな切っ掛けだけが、胸に引っ掛かる。
 何時か消え失せてしまいそうな破片───だから想う。























『忘れたくない』と。



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