「ここ、いいかい?」
 ふわりと笑った少年に更に幼い少年……子供が微笑んだ。
「どうぞ」
 変に突き出している不思議な石を背に、座っていた子供の隣に少年は腰を降ろした。風が吹いて深海色の髪が、頭に巻いたバンダナと一緒に揺れている。隣の子供が不思議そうに少年を眺めていた為に、少年は「ん?」と首を傾げて微笑んだ。
「ボクの親戚?」
「何故?」
「だってボクと同じ髪の色をしている。瞳の色も」
 夏空の瞳でしっかりと少年を見つめている。その子供に、少年は頷く。
「そうだね、髪の色も瞳の色も同じ。
 ……名前も一緒じゃないかな」
「本当?じゃあ、セルジュ?」
 こくりと頷いた少年に一瞬頬を赤く染めて笑い、そして子供はすぐにしゅんと落ち込んでしまう。
「どうしたの?」
 手元を見たまま、子供は小さく少年に言った。
「ボクと一緒にされたら困るよね」
「どうして?」
「だって、ボクは産まれてきちゃいけなかったんだ」
「…どうして?」
「産まれて来たから父さんを殺しちゃったんだ」
 はっきりと言うその言葉に、少年は曖昧な笑みが口元に浮かぶ。
 そして知る。この子供が、何時の『自分』なのかを。
「ボクはいけない子なんだ。遊んでいたら何時の間にか一人になってた。
 いいや、と思って一人で遊んでたら向こうから何かやってきた。
 怖かったけど動けなくて、真っ黒な生き物がだんだん近付いてきて……
 痛かった事しか覚えてない。父さんが何度も何度も、大丈夫って言ってくれた」
 それからは───覚えていない。気付けば家の自分のベッドで眠っていた。起きた時にはもう、父親は消えていた。母親は何も言わなかった。……言えなかった。
 お父さんは人が変わってしまった等と、息子にどう言えばいいのだろうか?
「後から皆の話で気付いた。
 父さんはボクを助けに嵐の中船を出してくれた。
 それからボクは傷が完全に治って帰って来た、父さんと一緒に」
 ミゲルさんは一緒に帰ってなくて───
 そのワヅキさんの変わり様と言ったら───
 溢れる、言葉の水。はっきりと覚えてしまっているから、自分はやな奴だなと思う。……子供は、全ての言葉を飲み込んでしまうのを、教えてくれたのだけれど。
「けど父さん消えちゃった。
 きっと、ボクが父さんに何かしてしまったんだ。
 父さんはボクを嫌ってしまった」
「……違うんじゃないかな?」
 聞き手だった少年が口を開く。
「きっと君を思って消えたんだよ」
「何故?」
「……君が愛しいから」
 いつか己の手がこの少年の首を絞めて殺そうとうごめき出すのが、判っていたから。
 だから傍を離れた。……そう、思いたい。
「そして君のお母さんが愛しいから───君が死んで悲しむのを避けたかったから愛しい人の傍を離れた」
「……ボクが?」
「うん。
 だから離れたら駄目だよ、君を一生懸命になって育ててくれているあの偉大な人を、大事にしなくちゃ駄目だよ」
「大事にしてない訳ないよ。
 いろんな事手伝ってる。
 母さんいろんな事してて、大変だろうから」
 ……それが無理を来して、母親を困らせた事もあったんだなと、人知れず口元が笑う。今だから思える、自分の異常な程の疲れの知らなさ。今も、時々起るけれど。
「じゃあどうして君はここに居るんだい?
 お休み中かな?」
 ぷるぷると首を横に振る。ポケットに手を突っ込み、何かを徐に取り出す。それは透明できらきらと光る、色とりどりの小さな石達。
「父さんが毎年この日にお母さんに何かを上げていたんだ。
 今年は父さんが居ないからボクがあげなくちゃって思ったんだけど、今日って、何の日なんだろう?」
「クリスマスって言うんだって」
 聞いた事も無いのだろう、その言葉に子供が顔を上げて少年を見る。
「詳しくは知らないのだけれど、この日と明日、2日かけて小さなお祝いをするんだって。そして自分の大事な人に、その人が欲しいものをプレゼントする日」
 『その人が欲しいもの』に反応したのか、ふにゃりと泣きそうな顔をする子供に少年は付け加える。
「でもね、自分が一生懸命に考えて探したものでもいいんだ。思いがこもっていれば、それだけで。これは、君が一生懸命探して見つけたものだろう?」
 掌いっぱいにきらめく石達を指して少年は微笑んだ。少年を見てから、石を見て、子供も大きく頷いて笑う。
「ならいいだろう?ほら、そろそろ陽が暮れる……君のお母さんに渡してきたらどうだい?
 『メリークリスマス』がその日の挨拶だからね」
「あ、父さん達そんな事言ってた気がする」
 元気になったのか、子供はポケットに石を詰め込み直して元気良く立ち上がる。ぱたぱたと数歩歩いた後くるりと振り返って少年を見た。
「ねえ、貴男もお母さん大事にしてる?」
 子供の問いかけに目を見開くが、すぐに笑い問いに答える。
「してるよ。でも僕より大事にしてくれる人が戻ってきたから、僕はお役御免。
 その代わり……僕が大事にしたい人が現われたから」
「じゃあその人、大事にね」
「勿論」
「メリークリスマス、セルジュ!」
 ぱたぱたと、走り去っていく……懐かしい後ろ姿。
 茜色の空が地上をその色に染め上げていく、その色に染まったまま、走り抜けていく幼い子供に向けて、少年は小さく言った。
「メリークリスマス、セルジュ」
 幼い頃の、自分。






 そして目が冷めたのはまだ空も暗い明け方の頃だった。
 灰色に青が混じった様な色が部屋の中を囲んでいる。ふと横を見ると暖炉の中の火は消えかけていた。新しい薪を入れなければ、忽この部屋は外の寒さに負けて冷え切ってしまうだろう。
 肌寒いの我慢し、そろりと手を延ばして薪を掴む。身体を起しつつ暖炉の中に薪を入れ込もうと手を延ばすが、届かない。更に身体を起し……
 突然の上からの重力にべたりと潰れてしまった。上から伸びてきた手に薪を取り上げられて、薪は暖炉の中に投げ込まれる。
「キッド……」
「寒いんだよ、お前が離れると。目覚めちまったじゃねぇか」
 自分の身体に毛布をしっかりと肩までかけて、毛皮の絨毯に潰れたままの少年にのしかかる。触れた掌が異常に冷たく、セルジュは情けない声を上げてしまった。
「わっ。ま、待ってキッド、手冷たいよ?」
「お前が動いたから冷てぇんだよッ」
「うわぅぁっ!ま、待ってってばっ!あはは、くすぐったいよ」
 ころころと毛布の中で転がり、最後に顔を見合わせて、笑いあう。この寒さから逃れる様に二人絡み合うように抱き合い、お互いの暖かさを確認した。セルジュの胸の中に収まっていたキッドは彼の肩につかまり這い上がる。顔を近付けて、軽く唇に触れて笑う。
「…昨日最悪の天候だったな。お前歩いてる最中歯がたがた言ってんの」
「仕方無いじゃないか。まだ寒いのは慣れないよ……氷点下にならなくても寒いのに」
「南国育ちのお坊ちゃん、真冬大雪ど真ん中、雪に埋もれたクリスマスの感想は」
「最高」
 声を上げて笑い、お互い抱き締め合った。ほのかに温かい人の体温がこんなにも心地良いと感じるのは、外が寒い所為なのだろう。鼓動がとくりとくりと聞こえてくる。
「クリスマスと言えば……今日夢を見た」
「夢?」
「うん、僕が小さい頃の僕と話をする夢」
 再び顔を上げたキッドにセルジュは優しく笑いかける。
「クリスマスの事教えたんだ。それが妙に懐かしくって」
「へぇ。それはお前だったのかな」
「んー……どうだろう。でも、『僕』ではいたよ」
 それからはどうなるのかは知らない……自分と同じ道を辿るのか、それとも、別の道を辿って行くのかは。
 ふとセルジュは何かに気付き、キッドの目を見た。それを見てキッドもまたセルジュを見返す。
「忘れてた。プレゼントあるけど、どうする?今開けようか?」
「気持は有難いが、この状況見ろよ。俺達閉じ込められてるんだぜ?
 食料とかあるからまだ良いが、助けに来なかったらどうするんだ?」
「大丈夫、ここの管理人さんは街下ったままだし。僕達此処に居るの知ってるし。
 待ってればその内来てくれるんじゃないかな。
 何とかなるよ、きっと」
「出た、必殺『何とかなるよ』」
 呆れ返った様な声を上げて苦笑を浮かべたキッドに、セルジュは微笑んだ。

 暖炉の中の灯りが少しずつ明るくなっていく。
 空もゆっくりと青空を見せ始め、次第に光が溢れてくるだろう。
 こんな見知らぬ地に居ても心細くもない、寂しくもない。
 全て君が居るから。君を離れていないから。
 ……君と共に居るから。

「…今日クリスマスだったね」
「さっきから言ってただろ、何を言ってんだよ」
「…そうだね」
「なんだよ、変な奴……ああ、これか?
 メリークリスマス、セルジュ」
 不敵に笑うキッドに苦笑して、セルジュもまた言葉を紡いだ。
「メリークリスマス、キッド」

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