「おっと」
 呟きと同時に堅い音が床で鳴るのに其処に居た者が一斉に振り返った。金髪碧眼の男性が荷物の中から落ちたらしい物を、床から取り上げている。金属棒の様だ、それが何なのかは殆どの者が判らなかったが、一人だけが声をあげた。
「スリングか?」
 それを持ち上げたまま暫し瞬き、男性は是と答える。
「カーシュ、知っているのか?」
「…あのな…これでも一応お前の所で闘って来たんだが」
「ああ、そうか…」
 苦笑する青年に藤髪の男性、カーシュが溜息をついた。手にとってみても良いかと聞き、了承したのを確認してから彼は徐に立ち上がる。
「他のパーツはまだ中に…カーシュ、組み立てられるか?」
「ひと昔のしか知らないが、構造が似てれば大丈夫だろ。…ってイシト、いいのか?」
「信用しているしな」
 ほんの少し悪戯な部分も含めての言い方にカーシュは苦笑した。彼にパーツを全て受け取る頃には、他の仲間がぞろぞろと二人の周りに集まって来ていた。どうも二人以外はそれがなんなのか判らず、興味深げにそれを見つめていた。
 金髪の少女…まだ幼子と言ってもいいぐらいだ…が組み立てられて行くものを見、眉を潜める。
「…なんなの?これ」
「イシトが持っているものだから、物騒なものなんだろうけどな」
 先程の少女よりも少し薄い金の髪を持つ少女が容赦のない言葉を放つのに、苦笑の思いをイシトは軽く笑って誤魔化した。
「スリング・ショットって言うやつだ… …と。これでいいのか?」
「ああ、間違いはない」
 言い、出来上がったものを調べる様に覗く。深海の色に染められた髪の少年が首を傾げながら二人に問いかける。
「パチンコ?」
「原理はそうだな。…改良されてるな、安定しやすくなっている」
「ここの素材を変えたんだ。飛距離は随分上がっている筈だ」
「……もうこれと対峙したくねえな」
「なんだよ、パチンコごときに怖じ気付いてんのか?」
 少女のからかいに、カーシュは莫迦を言うなと苦い面持ちで呟く。
「構造はパチンコで外見も玩具程度にしか見えんが、れっきとした武器だぜ、これは。生身で至近距離使用されたら骨貫くからな」
「…マジ?こんなものが?」
「じゃなかったら、私が持っている訳ないだろう?キッド」
 イシトの言葉に、キッドは頭を摩りつつそれを見る。とても殺傷能力のあるものとは思えないらしい。それは他の者も同じらしく、少女が大きな瞳を上に上げてイシトを見た。
「ね、これ使ってみてもいいの?」
「周囲に壊してはいけないものと人がいなければね。普通のものよりも、扱い方が難しいから何処に飛んでも良い場所を見つけないと」
「やめとけ、マルチェラに持たせると遊びで人に向けて乱射し始めるぞ」
「何よ、そんなことしないわよ」
 金髪の少女、マルチェラがむつりと不機嫌そうな面持ちをカーシュに向けると、彼は視線を手元のそれから彼女に移して彼もまた彼女をじろりと見た。
「金属糸の武器使いはじめた頃に遊びまくってグレンを意識不明の重体にしてダリオに怒鳴られまくった事のあるやつは何処のどいつだっけかね」
「…!あ、あれは…
 ってカーシュ、やっぱり見てたんじゃないッ」
 顔を真っ赤にして怒り始めたマルチェラに動じる事なく、からかう様にカーシュは肩を竦める。
「そりゃあ大人気なく小さいガキ相手にマジで怒ってるのを見てたらほっとけねえだろ。
 俺が間入ってなかったらどうなってたと思う?」
「〜〜〜〜〜〜〜」
 言い返せず、少女は更に顔を真っ赤にしていく。次第に身体がかくかくと揺れ始め…次の瞬間、ぱっと顔を上げたかと思うと隣にいた少年の腕を掴み、歩き始めた。
「もういい!行こ、セル兄ちゃんッ」
「え、え?」
「あ、この莫迦、連れてかれてどうすんだよっ」
 一歩出遅れたキッドが振り返り、部屋を出ようとする少女と引き摺られて行く少年、セルジュの元へ慌てて駆け寄る。扉の前で何やら少年を挟んで言い合いを始めた様だ、そのまま扉を開け放しにし、三人は部屋を出て行った。乱暴な言葉の交わしあいが徐々に離れて行く。
 そして随分と静かになった頃、その様子を苦笑しつつ見送ったイシトが、視線も向けなかった目の前の青年に問いかける。
「いいのか、カーシュ」
「いいんだ。たまに思い出させねえと、あいつがわざと大袈裟に怒った意味がないからな」
「大袈裟?」
 繰り返された言葉に、カーシュはおかしそうに笑い、言葉を返した。
「ダリオがんな事でマジで怒るなんてあり得ない事なんだよ。まあ、気持的には正直本気で怒っていたみたいだが、取り乱した様な行動は肉親や本当に親しいもの以外にゃ見せねえ。あの頃はまだマルチェラとは付き合いが浅かったしな。
 ……あいつ、四天王だろ」
 突然問いかけられた言葉に不思議に思いつつも、イシトは是の言葉を返す。
「三、四年も前から、その辺の騎士よりも強かったんだぜ、あいつ。人傷つける事も──殺す事にも何も思わない奴で、……今もそうだが……昔はもっと酷かったんだ、周囲の知り合いを傷つける事もそれ程気にしてない様子で。」
 暫くゴムを伸ばし縮みさせていたが、ふと彼はベルトを摘み、思いきり引き延ばす。壁の一点を狙う様に睨み付け、ベルトを離すと、はしりとゴムが伸縮するささやかな音が響く。
「…偽善にしかならないが、俺達はただ無闇に人を傷つける為に存在する組織じゃない。その為に必要なものを、教えてやりたいと思ったらしいんだ」
「……そうか」
「ま、結果は「見知った奴は傷つけたらいけない」位しか学ばなかったみたいだがな。
 ……あとは自分で見つけられるだろうさ」
「なかなか、苦労しているんだな」
 至極真面目に言われた言葉に、カーシュは苦笑を返すしかなかった。



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少年魔法士を御存じの方ならお馴染みのスリング・ショットを出してみたかったんです〜(笑)イシトさん位ならもってるだろうなと。ゲリラ戦に向いていると言う事だったので
しかし、後半のマルチェラ話は正直予想外です。出す予定なかったんですよ…
マルチェラが何時四天王になったのか、ちょっと迷ってます……