「懐かしいな、そういえば、そんな事もあったよな」
 しみじみとグレンが呟くのに、カーシュとグレンの兄ダリオが同意したのを、彼等と共に床に座り話を聞いて居たセルジュが見ていた。
 陽も暮れ辺りが青闇に包まれて数刻、丁度蛇骨館が近かったセルジュ達は館で夜を迎える事にした。すると最近は滅多に会えない他の仲間達と鉢合わせし、現在一部屋に集まり座談会が行われている。
 初めはこれ迄の経緯、この先の行動等…真面目な話題が主な内容だったが、話す内に話題がずれにずれ、現在は昔話に華を咲かせている。
「本当にグレン達って昔から一緒だったんだね」
 セルジュの言葉に、グレンは頷いて口を開く。
「まあ、兄貴とカーシュ兄が騎士団入った後は遠征とかで俺が騎士団に入るまでまともに会話とかも出来無かったけどね。あの頃はパレポリの要請が多かったし」
「なんだ?お前何時入ったんだよ」
 キッドの問いかけにグレンは確か、と唸りつつ腕を組む。
「親父が死んだって連絡が来て、すぐに行ったから…十一の時だったかな」
「だったなあ、一時帰省した時にお前が少年兵の格好してて館に居たから、随分と俺もダリオも驚いたもんだ。まあ、その後も驚いたけどな」
「?何があったのよ」
 服のほつれを直すのに針と格闘していたレナが不意に顔を上げる。隣にいたグレンがわ、と叫んで言葉を止めさせようとしたが、それはレナの手に寄って遮られた。口を塞がれたグレンがもがいているのを面白そうに見つつ、カーシュが続きを述べる。
「館のど真ん中で口の争いから取っ組み合い。所謂兄弟喧嘩なんだが、珍しかったのはダリオが本気で怒ってた事と、全く持ってグレンが引かなかった点だな。
 いつもなら途中でグレンが泣き出すんだが、その時はどんなに殴られようが怒鳴られようが刃向かってたか」
 へえ、と満足したのかレナが手を離すと、グレンは呻き声を漏らしながら頭をぐしゃぐしゃにかきまわして俯いた。ほんの少しだけしか見えなかったが、顔は真っ赤だった気がする。
「…覚えてろカーシュ兄」
「いつでも待ってるぜ」
 にやにやと笑い続けるカーシュに、グレンはぎらりと睨み付けた。
「今さらだが、傍に居たなら止めて欲しかった気がしないでもないんだがな」
 苦笑いを浮かべながらぽつりと呟いたダリオに、カーシュは呆れた表情を浮かべ、紅玉の瞳で突き刺すような視線を送る。
「全く人の話聞かなかった奴の言う科白かよ。言っとくが、俺は最初からお前の傍に居たんだぜ、気がつかなかったお前が悪い」
「…… …だったのか?」
 おいおい、とカーシュは更に呆れる。それに思わずセルジュが笑い声を上げる。
「なんだよ」
「はは、御免。何でもない」
「しかし随分と早く騎士団に入っていたのだな。カーシュ達は一体どの位から入っていたんだ?」
 銃を解体し、内部の手入れをしながらイシトが問いかけてくる。
「俺達は遅かったんだよな。ダリオは十三になる寸前で入って、俺もその年の内に入ったんだったよな」
「ああ。騎士団は通常十になる前に入るのが普通だから、俺達は結構遅かった方だな」
「え、そんな小さい頃から入ってるの?ずっと館に?」
 いや、とセルジュの問いに答えながらカーシュが座って居たクッションをずらし、背凭れながら体勢を崩す。
「少年兵の頃は比較的家に帰れる事が多かったりするぜ。ま、一般兵に上がればずっと館に居っぱなしだから、其処で耐えられなかったらやめるしかないんだがな」
「…厳しいんだね」
「なのか、ね。あんまり苦にならなかったからな、俺は」
 肩をすくめて笑う、と、こつこつと扉を叩く音が聞こえる。ダリオが答えると、扉を開けて入って来たのはリデルだった。手に何やら大きめの袋を持ち、非常に嬉しそうな表情で入ってくるのに、誰もが不思議そうに見た。
「リデル?どうしたんだよ」
 キッドの横の空いている場所に座り込んで、ふふ、と頬を赤らめて笑う。
「先程までね、調べる事があって書庫に居たの。そうしたら懐かしいものが出て来て、グレン達に見せたくて」
「懐かしいもの?」
 名を言われたグレンが目を瞬き、彼女の持っている袋を見た。それの中に何かが入っている様だが、なんだったか。彼には覚えがなさそうだった。
 リデルは袋の中に手をいれ、ごそりと何かを取り出す。それは四角の紙の束だった。覗き込む様に見てみると、その表面上には何かが描かれて居た。
 よく、見てみる。随分と見覚えのある姿がそこに描かれていて……
「……お嬢様と、俺?わ、すげー懐かしいっ」
 グレンが一枚受け取り食い入る様に見るのを横からレナも見、吃驚する。
「小さい頃の写真?グレン小さいっ、リデルさん可愛い!」
「ポラロイドカメラ…?少し前のものだな」
 隣で見て居たイシトが言った言葉にリデルが頷いた。
「父が昔購入したんです。最初は父だけ使っていたみたいですが、何時の間にか前四天王の方々や上級騎士の方々も使う様になってて、いろいろ楽しいのが入っているわ。
 この人はカルロさんに、リベカさん。亡き母に代わっていつもお世話してくれた人達。
 これは…」
 次々に見知らぬ者達が写っている写真を取り出してくる。床にも置かれた写真の束をひとつとって、セルジュとキッドはちらちらと見て行く。館での他愛無い会話風景、何処か判らぬ地で一休みしている汚れた姿でも強い意志を持った面持ちの兵達、様々なものがあった。
 上の一枚を取り、あ、と呟いた。隣でそれ程興味なさげに見て居たキッドが、セルジュの肩を掴み前のめりになってくる。写真を持ったままのセルジュは空いた口が塞がらなかった。
「セルジュ?キッド?」
 それに気付いたレナが問いかけてくるも、二人は唖然として自分達を呼んだ彼女を見返すしかなかった。二人の様子に目を瞬き、席を立ち二人の後ろに行く、其処から覗いて彼が持っているものを見る……彼女も、目を見開いた。
「嘘、嘘、嘘!すごーい、若い上に…」
 おかしな様子の三人の姿に、他の者達も詰め寄ってセルジュの手元を見る。そして呻き声を上げたのはカーシュ、後にダリオが懐かしそうに言う。
「俺達か。随分と綺麗に写ってるもんだな」
 セルジュの手元にある写真に写っているのは、カーシュとダリオ、二人の少年の頃の姿だった。まだ一般兵の頃の姿らしい、軽装ではあったが所々に一般兵の鎧の一部が装備されている、武器は既に各々の得意なものを持っていた。演習中でもあったか、二人は横を向き、じっと向こうを見つめている。若きし頃の二人の姿。
 それはいい、まだいいのだ。驚いたのは先程呻き声を上げたカーシュにあった。
「クレメンスさんが撮られたのね、まだ二人のはあるのよ。」
「お嬢様!?」
 とめる間もなく、リデルは他の写真を取り出した。確かに其処にあるのは二人の他の写真だ、しかも幾分かアップで写っている。
 ぼんやりとしている三人に加わり、イシトも覗き込む。そして目を瞬かせ、カーシュを見た。
「……なんだよ」
 眉に皺を寄せ、唸り声を上げる彼。
「…初対面の時は性格に似合わずとは思っていたが……昔はもっと異様だったんじゃ」
「確かに、昔の先輩方はそんな事を言って溜息をついてたか」
「うるせえよ!これが俺の顔で俺の性格だ、文句あるかッ」
「あるわよ勿体無い、こんな綺麗な顔でそんな乱暴な性格だなんて乙女の夢を壊す気!?」
「知るか!」
 騒ぎ始めたカーシュ達に気にもせずリデルとグレンは写真を次々と見て居た。手元のものがなくなったキッドとセルジュがそちらに移り、リデルの手の中で変わって行くものをじっと見つめる。
「……なんか、カーシュとダリオさんのものが多いね」
「クレメンス様が撮ってたんだろうな」
「クレメンス?誰だよそりゃ」
 キッドの言葉にグレンが顔を上げ、ああと苦笑いを浮かべる。
「そっか、知る訳ないよな。クレメンス様は兄貴達の元上司さ。親父ともザッパさんとも親しかったもんで何かと世話してもらったみたいなんだ。あ、これこれ」
 ぱらりとリデルが一枚下ろした其処にカーシュとダリオと、見知らぬ男性の姿があった。鈍い木蘭色のばさばさした髪の、三十代半ばの壮年で、表情から見ればとても愛嬌のある人物そうだ。この頃から伸ばしていたのか、長くなった髪の一房を彼にもたれているカーシュが何やら怒鳴っている様だった。それを横でダリオが苦笑をしながら見ている。
「この人がクレメンスさん?」
「そう。これは兄貴達が従騎士やってた時期のものだね」
「あいつは昔っから切れっぽいみたいだな」
「でもなかったんだよ、昔は。騎士団入ってからなんだ。四天王になるまではなんかいつもぴりぴりしてた。
 ……まあ、しょうがなかったんだけどな」
「?なんでだよ」
 何でと言われても、とグレンは一瞬ちらりとリデルを見、曖昧にキッドに笑い返した。怪訝そうにキッドは顔をしかめたが、何か思う所があったのだろう、それ以上の追求はなかった。
 セルジュは床にばら撒かれている写真の一枚をとった。十四〜六頃の姿のカーシュは、まだ体付きも顔立ちも男になりきれていない様だった。声変りもまだだっただろう、今は低く良く通る声、昔はどんな声だったのだろうかとふと思い、自分の声変りの前の声を思い出す。
 …………なんか、変な感じかもしれない。変な感じというよりも、これは。
「可愛いのかも」
『あ』
 兄弟の声に、セルジュは顔を上げて見ようとしたが、それと同時に手の中の写真が取られ、彼は不意にその方を見た。何時の間に居たのか目の前にカーシュが居、無表情だった面持ちを不気味な程ににっこりと笑わせる。
「小僧、お前今なんて言った?」
 …あ…
 兄弟の重なり声を思い出す。
 今は多分言われない、今の彼はれっきとした男だからだ。
 でも、昔はどうだっただろうか。
 ………………………………………………………………… …もしかして、禁句… …?
 むくりと起き上がった彼を見上げつつ、セルジュは立ち上がれないまま後退った。指を鳴らしながら後を追ってくる彼の背後に漂う気配が、間違いなく彼が憤っている事を示していたのに、セルジュは顔を引きつらせる。
「…さて」
 彼はさも厳かに、言葉を紡ぐ。
「どう料理してやろうかッ!」
 咄嗟に逃げようと彼に背を向けるも、腕を掴まれ逃げられなくなる。絡んでくる腕から逃れようともがくも、ささやかな抵抗にしかならない。
 ぴしり、と身体が悲鳴を上げた。
「ッたーーーーーーーーッ ご、ごめん、ごめんカーシュッ
 ご免なさい、許してってば…っい、痛い痛いッ!」
 自由な手でばしばしと床を叩きながら呻くセルジュに、間接技をかけているカーシュは一向にやめようとはせず。
「世の中には言ったらいけないものもあるって事だ、覚えとけッ」
「んな事言ったって知らなかったんだし…っ」
「無知は罪なりって言葉知ってるか?」
「そんな事言ったって!」
 今度は反対側でぎゃわぎゃわと騒ぎ始めたのに、キッドは呆れた視線を向けて見ていた。徐に首を動かし、兄弟の方へ振り向く。
「…禁句か?」
「昔のな」
 肩を竦め、苦笑するダリオに信じられないと呟きそうになるも、それは声になる前に止まった。確かに今の彼なら想像出来ない言葉なのだが、写真を見れば、確かにと頷いてしまいそうな自分がいるのだ。
 …目眩がする。
 取り合えず立ち直ろうと、首を振って後ろの騒ぎを暫く無視する事にした。なんだかんだ言いながらあれも二人にとっては戯れのようなものだし……セルジュは先程から非常に痛そうな悲鳴を上げてはいるが……自分が口だした所でカーシュが手を止めるとは考えられない。
 気を紛らわそうとまだ手につけてないらしい写真の束を見始める。興味のあるものは暫くじっと見、ないものはさっさと床に落として行く動作が数秒続き、彼女の動きが止まった。
 しばし、目を瞬かせる。
「…なあ、ちょっと見てくれ」
 他の五人に声をかけ、写真を中央に差し出す。覗き込む様に五人が見、三人がキッドと同じく目を瞬かせ、兄弟が思い出したような声をあげる。グレンが前髪をかき上げながら感嘆の声を上げる。
「誰が撮ってたんだろう、見なきゃ思い出さなかったよ、これは」
「これは…二人なのか」
 イシトの誰に向けた訳でもない問いに、答えたのはダリオ。
「恐らくそうだったな。俺はちゃんと名前を聞いた訳じゃないから、不確かなんだが」
「だったら本人に聞いてみればいいじゃねえか。 ──おい、其処の莫迦二人」
 振り向いた先に、まだ戯れている二人が同時に顔をあげていた。
「あ?なんだ小娘」
「ちょいと来い。確かめたいものがあるんだ」
 セルジュを小脇に抱え、寄って来たカーシュに彼女は写真を手渡す。キッドの隣に座り込み写真を覗いたカーシュは、片眉を上げた。
「…? 隣の、小僧だよな」
「僕?」
 抱えられて動けなくなっていたセルジュが上半身だけを起こし、彼が持っている写真を見る。写真は昔のテルミナだろうか、置かれていたベンチに座り、少年と子供が眠りに付いていた。片方は先程も見ていたから間違いのない、少年時代のカーシュ、その隣。
 深い海の色を髪に湛える、幼い子供。それは間違いなく…
「…僕だ」
「だよ、な。……ああ?何時の事だ?」
「覚えてねえのかよ」
 キッドの突っ込みに、悪かったなとカーシュが言い返す。
「カーシュ、覚えてなかったのか」
「…覚えてたのかよ」
「すまん、てっきり知ってて彼と居たのだと思って」
 苦笑するダリオに苦い面持ちを浮かべて、カーシュは写真を見直した。…まだ思い出せない様だ。セルジュに至ってはただ驚くばかりである。
「こんくらいだと俺が十六ぐらいの時だと思うが…なんだ、全く思い出せねえ」
「本当に覚えてないのか?お前、腕を血だらけにさせてこの子を泣かせたんじゃないか」
「血だらけ……──ああ!あれか!」
 どうやら思い出したらしい、誰が撮ったんだよと呟きながらまじまじと写真を眺めている。横で覗き見るセルジュはいまだに思い出せない様だ。
「…全然判らない」
「俺が…そうだな、十五だった筈だからお前は五歳だよな、覚えてねえのも無理はないかもな。
 お前が裏道で野犬に囲まれてるの見て慌てて助けようとしたら右腕噛まれたんだっけか。あそこまで血出るとは思わなかったから自分でも驚いたな、そういや」
 何かを言いたげな顔でセルジュが顔を上げ、彼を見る。今すぐに謝罪しそうな気配だったのに、カーシュは何も言わずただくしゃりと髪を掻き回す様に、セルジュの頭を撫でた。
「そうそう、その後じいに怒られて、騎士団専属の医師に怒られて、ザッパさんに怒られて、おかみさんにも怒られて、うちの親父にも怒られて…」
「余計な事はいらねえんだよッ!ていうか誰に聞いたお前ッ」
「お嬢様」
 流石にそれに声が出ず、がくりと首を項垂れるとその場の殆どの人が笑いを堪えられず吹き出した。



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丁度星の塔への道を探している最中で、ダリオさんはそれに協力していると言う事にしてください(半ば迄書いてダリオがこの場に居て良い存在じゃないのに気がつきました…)
てことで、カーシュいぢめその2(死)小さい頃美少年だと大人になると普通になったり、小さい頃普通だったのに大人になると美形になったりという方が多いと思いますが、カーシュは外見は特殊な人だったということで〜(強制的にか)でも、それは男の中ではというだけであって、やっぱり女性の綺麗な人には適いませんとフォローしてみたり(意味ない)
リデルが写真を持って来て、その中に小さい頃のカーシュとセルジュの写真があったという話を書きたかっただけなんですが、どうしてここまで無駄に長いものが出来上がるのか。(答え:いらないもの詰め込み過ぎだからです)
ていうかマージさんの事書いてねえよ…書く予定だったんですが力つきました。
ちなみに、マージさんは昔セルジュを助けたカーシュの事をちゃんと覚えてます。
…書いてて思ったんですが、カーシュやダリオの年齢で四天王って、物凄く異常な事態なんでしょうね…