駆け降りる。急で、恐ろしく長い螺旋階段を。隠された道なのだから灯などないと思っていたが、どんな魔法なのか、頭上に点々と黄の光が舞っていた。しかも自分達が其処を過ぎると、ふっと消えて行く。
 …流石は魔法王国と、言うか。
 これが今でも世界に広がっているのだとしたら、今頃どんな事になっていたのだろうかと思う。魔法が表舞台から姿を消してからまだ日が浅い故、今でも短縮魔法を扱える者は時折見掛けられるけれど。
 知り合いのいる軍事国家が、ここを恐れたのも無理はないと思った。国が廃れていたとは言え、魔法ギルドはまだこの国に確かに根を張っていたのだから。
 螺旋の階段は、まだ続く。
 ちらと、彼は目の前を進む少年を見た。飴色の髪が闇に紛れて、先程迄顔を合わせていた彼の人を思い出させる色に変わっていた。後ろで結っている長い髪が、階段を一段おりる度に背で踊っている。顔は、見えない。
 そして彼は、自分の手元を見た。彼の手の中で、上等な絹に包まれた赤子が、起きる事なくすよすよと眠りに付いている。赤子の母親が魔法でもかけたのだろうか、何にしても赤子が泣き喚かないのは有り難い事だった、自分達は今、逃げているのだから。
 再度、彼は前を見た。少年がまだ終を見せない階段を降りている。
「…、 …… アーサー」
 戸惑いつつも、声をかけてみる。肩をびくりと震わせて、アーサーは足を止めてしまった。
 壁に手を付き、ただ階段の先を見ているのだろうか、彼が振り向く事はない。
 動く事を止めると、近くの音がなくなる。音がなくなると、次第に聞こえてくるのは自分達より外側の音。
 剣の重なる音、騎士達の叫ぶ声、侍女達の泣き声、銃の発砲、魔法の発動。布を燃やす火の揺らめきの音、建物の壁が軋む、嫌な音。
 …まだ、あんなにも近い。
 しまったと思う。ここで足を止めたという事は、まだ上への思いが断ち切られていない。声をかけた事に後悔を覚える。
 ここで引き返されたら元も子もない。彼等がやった事が無駄になるのだ、彼は目の前の少年の次の行動を静かに待った。彼の思いが、上へ向かない事を切に祈って。
 きしりと、彼の掌が握りしめられる。
「……アーサー」
「…大丈夫だ」
 押し殺した声が、聞こえてくる。
「大丈夫だ、大丈夫…。判ってるから。
 ……行こう、セルジュ」
 止めていた歩みを戻し、再びアーサーが階段を降り始めた。その後ろ姿を見、セルジュは少しだけ、後ろを振り返る。
 微かに聞こえてくる、外の喧噪。
 喉迄込み上げてきた何かを押さえ、彼もまた再び、階段を降り始めた。



HOME

土下座します。思いきり判らないものですいません、でもクロスです
背景的にその後、なんだけど。いやまあ、いろいろと考えちゃった訳なのです。妄想です
アーサーはエカキ板に一度描いた彼でございます