ゆるりと瞼を開く。開けた時に眩しさで目を細ませる事がなかったのはこの部屋の灯りが蝋燭のみであるからだろう。ふわふわとささやかな風に灯りが揺れ、部屋の壁いっぱいに写った影もつられるように揺れている。
「……」
 軽く、何か安心した様な溜息が出てくる。何かを考えなければいけなかった筈なのだが、何故だか目の前の様子を見て安堵し、思考が停止しても良いと考えている自分がいる。
 ……なんだったかな。
 身体に力を入れる事さえ忘れ、彼はぼんやりと天井から壁迄に広がる影を見つめて居た。
「…カーシュ?」
 声が聞こえた、最初はただの声だったのだが、次第にそれは自分を呼んだのだと理解する。頭が全く動いていない、自分のおかしな状況に眉を潜めつつも彼は首を動かした。影とは反対側に居たらしい、親友が彼の顔を覗き込み酷く心配そうに自分を見つめている。
「なんて顔してんだよ…」
 掠れて音が流れ、それが自分の声だったというのに内心少し驚く。彼は気付く事なくその場で大袈裟に溜息をついた。安堵のものも入っていたかもしれない。
「なんて、じゃないだろう。もう少し遅かったら出血多量で死ぬ所だったんだぞ、……俺もあの方も、心配したんだからな」
「出血多量…?」
 右目にかかる前髪を避けようと腕を動かしたが、ぎちりと身体の中で悲鳴が上がり彼は小さく呻き声を漏らした。無理をするなと親友に言われるも、彼はその痛みの原因を知るべく、悲鳴をあげる身体を無視して腕を上げた。其処にあったのは、白く、所々黒く変色した赤が混じる包帯を巻かれた腕。
 ぎしぎしと鳴る身体を無視して、ぼんやりを見上げる。
「…包帯…怪我?」
「カーシュ、大丈夫か?」
 様子がおかしいと気付いた彼が問いかけてくるも、彼は答えを返せず。上げた腕をそのまま下ろし、顔にかかる髪を避けた。すると額の辺りにも包帯の感触が伝わってくる。
「……………頭が回らねえ」
「…お前には安定剤は打たれてない筈なんだが…。…無理し過ぎたんだろう、少しずつ思い出せばいい」
「安定剤…? トランキライザー…精神安定剤…」
 何故そんなものが必要になるのだろうかと、ぼやぼやしている頭を少しずつ回し始める。それよりもまずどうして自分が包帯を巻かれているのか、それよりもどうしてこんなに身体が悲鳴を上げるのか、それよりも、どうして自分がここにいるのか。
「…ここは?」
「砦の医療室だ、お前、暫く意識不明状態だったから小部屋に移されたんだよ」
「意識不明…?医療室…?砦……」
 目眩が起こり、ぐらぐらと目の前が揺れる。何があったのか、何が起こったか、考えようとしても自分の意識が追い付いて来ない。
 砦、医療室、怪我、右腕と額の包帯、多量出血、…出血、血。血の海、…いや。
 ────の山。
 びり、と身体に電撃が走ったかの様だった。
「──ダリオ」
「ああ」
「他の奴等はどうした」
 親友が目を見開く、その後、彼は静かに言葉を紡いた。
「生きているという意味では、全員、無事だ。…エリイ、トマ、ユレイラが精神安定剤を投与されて現在絶対安静中。ケイルド、ランディが腕または足を骨折、治療は受け済み、…ラーオが左目を失明。皆それぞれ重症ではあったが命に別状はない。流血のし過ぎで倒れたのはお前だけだ」
「け、かっこわりぃ…」
「…よく無事に生き残ったな」
 至極真面目に呟かれた言葉。一瞬、彼は冗談混じりに返そうと思ったが…親友の本気の面持ちに気分が削がれた。開けかけた口を閉じ、ふと息を付く。
「俺も、よく生き残ったと思ったよ。…情けないが、途中から記憶がないんだ、あいつらと逃げてたのは覚えてるんだが、其処からここに来る迄の記憶がまったく」
「ケイルドとランディが事細かに事情を説明してくれたよ。俺達が駆け付けるまで、お前は負傷した仲間をかばいつつ闘ってたらしい。確かに俺達が発見した時も、しっかりと二本足で歩いてたな。俺と言葉もかわしたぞ」
「…何言った?俺」
「『遅い』」
 軽く笑い声を上げ、身体に痛みが走り彼は悲鳴をあげる。痛いと呻くもほんの少し気持がほぐれたのが、自然と表情に現れていた。
「そうか、生きたか俺。は、してやったりだ。今頃さぞ悔しかろう」
「と言う事は」
「ああ。まんまとハメられたよ、他の仲間が知らないのを好い事に俺達をモンスターの巣のど真ん中を歩かせやがった。途中で気付いたんだが、一足遅かったみたいでな……エリイとユレイラがパニック起こして大変だったよ」
「森に詳しい人に話を聞いたが、あのモンスターは今時期産卵期なんだそうだ。」
「……どうりでしつこい上にうじゃうじゃ居た訳だ」
 渋い顔で毒づいた彼に、親友は苦い笑みを浮かべて続きを述べる。
「入る事自体が自殺行為なのは当然だが、巣の中へ入らなければ警戒だけで済むらしいんだ。それを……伝えておいた筈だと聞いた。…あいつに」
 く、と。彼から押し殺した笑いが聞こえる。
「俺の上着は残ってるか?」
「ああ」
「巡回図がある、多分まだ無事な筈だ。」
 少し離れた場所にある机と椅子、その椅子に彼の服が掛けられていた。血で濁っているそれを手にし、彼は内側にある筈の袋を探した。比較的すぐに手にかさりと何かが当たり、摘み取る。出て来たのは畳まれた紙、少し血が滲んではいるが開けそうだった。破れぬ様慎重に開き、見る。流れる線、どの隊がどの行路を辿るかが簡素に書かれているのかがはっきりと判る。
「…確かにそうだ、筆跡も残っている、十分な証拠だ。」
「あのままモンスターの餌食になってたら、その証拠どころか俺達の姿形さえもなかったんだろうな。
 …それを狙ってたんだろうけどな」
「本当に、よく生きて抜けだせて来たよ。…お前達が辿って来た道程がモンスターの残骸で判ったものな」
「途中から記憶はねえが、…そうだな、最初俺が冷静で居られたのは他の仲間が居たからだろうさ。独りの時よりはうんとましだったな」
「……あまり自慢出来ない話だな」
 苦笑を浮かべて笑うと、彼もまた苦笑を浮かべ、しばしの間笑いあった。
 ふ、と彼が息を付く。
「お前んとこは大丈夫だったみたいだな」
「俺はクレメンス様に同行していたからな、無闇に手を出してくれば知られるだろうさ。」
「だな。…でもこれであいつが俺達を消したくてたまらないってのは、はっきり判ったよな」
 是と、親友が同意する。
「かなり駆使してゾアと蛇骨様との面会は防いでいる様だが、一体何時迄続けられるのだか。ゾアを消そうにも、俺達が邪魔だろうしな。顔色を見ていても、そろそろ限界かもしれないな」
「なんだってんだ?真正面きって自分から俺達を消しに来るとでも?」
「可能性がない訳じゃない」
 は、と彼は嘲笑う。
「受けてやろうじゃねえか」
「…、正気か?」
「正気だ、刺し違えたって構わないと思ってる」
「………カーシュ」
 押し殺した声、親友が非難の声を上げる。それに答えず彼が暫く黙り込んでいると、親友は再度口を開こうとした。刹那に、は、と彼は軽い声をあげる。
「冗談だよ。本気じゃなかったと言えば嘘になるが、…お前と約束してるしな」
 にんまりと、含みのある笑みを向ける。しかし次には視線を反らし、彼は遠くを見る様に、…睨み付ける様に壁を見やる。
「でも、…でもやっぱり俺は、あいつは許さない。あいつが四天王だなんて俺は認めない。親父の後を継いだ奴だなんて、絶対認めねえ」
「… お前…」
「絶対、絶対引きずり落としてやる……」
 その声は憎しみと言うよりも、何処か悔しげな、彼の必死な叫びの様に聞こえた。



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実はお題をやり始めるに至って一番最初に思い付いたネタがこれだったりします(またカーシュイヂメだよ…)
従騎士時代のお話。元はと言えば、ゾアの過去のあの事件ってどうやって起こったのかと考えてみたのがはじまりで
でも私ゾア使ってないから見逃しているイベントとか多いんだろうね…