「…自慢話か?」
 冷たい響きが、空間に広がる。

「───んだと?」
 ぴり、と空気に鋭い刃があらわれたようだった。
「聞こえなかったか?
 俺にはおまえの過去が自慢話にしか聞こえないんだよ」
 ぴりぴりと殺気立てる様子にも関わらず、青年ははっきりと言葉を告げる。それは少女の機嫌を逆立てるものにしかならず、二人の間に冷たい所か凍えた雰囲気が溢れ出す。
「…聞き捨てならないな、俺が何時自慢話なんかしたんだよ」
「今に限らずお前の昔の話全部だ」
「事実を言ってる迄じゃねーか」
「事実?」
 は、と緑灰の髪を持つ青年が笑う。
「それで? "俺がこれだけ苦労したんだからお前も苦労してみろ"ってか?」
「誰もんな事言ってねーだろ」
「さっきのセルジュに対する言葉を俺はそう受け取った」
「言ってねーって言ってるだろっ」
「じゃあなんだ!」
 青藍の瞳の青年が声を荒げる。近くにある建物が治療院であった所為か、活気のある場所の割には閑静な空間にその声はよく響いた。
「前から散々弱いとか甘いとか言ってたけど仕方ないだろう、今迄セルジュはずっと何処にいても護られる側だったんだ。必要以上に大切に育てられたんだよ」
「だからどうしたよ、んな事呑気に言ってられる状況なのかよ今は。この騒ぎの当人があいつで、動かないと行けないのはあいつだ、首根っこ引っ張ってでも動かさなきゃなんないだろう」
「もう少し言葉を選べ、決して弱いとは俺は言わないけど…でも俺やお前みたいに慣れてない。きつく言う事も必要だ、でもその後にフォローを入れてやらないと、突き放しただけだとあいつは起きあがれない」
「なんだよ、弱いんじゃねーか」
「キッド」
 怒気を孕んだ言葉に、彼女は凍えた空の色を称えた瞳を細めて彼を睨み付ける。
「一人じゃ何にも出来ない甘ちゃんの箱入り息子。まんまだろ? そんな環境に自分から甘んじて育ったんだろ」
「違う…だから」
 くしゃりと前髪をかきあげて苛立ちを隠せずにいる彼を一瞥し、彼女は其処から立ち去ろうと踵を返す。その背に、声がかかる。
「…お前、わかんないだろ、あいつの事」
「わかりたくもねーし?」
 く、と嘲る様に笑う彼女に眉を寄せて、彼は幾分声を低くして呟く。
「ならおまえがあいつの事を言う事なんか出来ないじゃないか」
「…は?」
「俺は、あいつが幸福なだけの生活を送ったとは思えない。確かにセルジュが居た村は長閑で良い所さ、平和で。
 でも俺は…セルジュは何かを抱えていると思う。それをずっと村の人達に隠してる事も、なんか判る。それはすごく、…すごく重いものだ」
「なんで、判る」
「俺の傍にも一人いるから」
 思い出していたのだろうか、苦渋の面持ちの彼に、キッドは片眉を上げる。
「セルジュも、…あの人も一人でその重さに耐えて、生きてるんだ。平和な世界でもそうやって抱え込む人間がいる、生きるのが大変な人がいる。お前は、わかんないだろ」
「…判る訳ないだろ」
 次第に彼女の声色にも苛立ちが含まれて来る。底冷えするような声が、彼女から溢れた。
「独りで、頼るものなんかなくて、その中を必死で生きて来たんだ。独りだ。
 お前には判るのか、それが!」
「判らないさ! だけどお前もセルジュの事を判らないっ。
 自分の価値観全てをあいつに押し付けるな、必要以上に大切にされて、支えられて、一人で立てなくなってる、それを判ってても立ち上がって歩く時の辛さがお前には判らないだろう?
 優しすぎて人に刃を向ける時の、傷つける事の恐怖をお前は判らないだろう」
「判るなら今頃俺は生きてねえ」
「必要なものと必要じゃないものが違うんだよ。今のセルジュは、それがあの場所で生きる為の術だったんだ。傷つけることが出来なかった世界でお前は生きた事なんかないだろう?」
 ない。
 答えようとしたが、声が出なかった。
 ふつふつと何かが身体の底から這い上がって来る。
「お前は良いさ、ぶつけるだけなんだから。傷つける事がお前の生きる為の術だ。」
 うるさい。
「でもセルジュは違う、だから傷つけられるばかりで、それでもお前を受け入れているんだ。」
 うるさい。
「…お前は、あいつの優しさをどれだけ判ってやってるんだ?」
 うる
 さ
 、

 硬く握りしめた右手の拳に鈍い衝撃が走る。

 特に激しい運動をした訳でもないのに息が荒く、目の前がぼんやりとしていた。頭が沸騰した様に熱い、白濁した視界の中で彼女は地に伏せた青年を見下ろして居た。起き上がろうとする彼に近付いて、掴み上げる。顔を上げた彼の左頬が赤くなっていた。
 ……自分はどうやら彼を殴ったらしい。
「…そうやって」
 ぽつりと、彼が呟く。
「気に入らないもの、受け入れられないものは傷つけて突き放すのが、お前の世界か」
「…黙れ」
「それを理解出来なくても受け入れてる、身に受けているセルジュを、お前は知ってるのか、見ているのか」
「黙れ、グレン」
「人を傷つけた時の事を、自分が傷つけられた時の事を知ってる、だからセルジュは優しいんだ。……それをお前はどれだけ判ってるんだよ!」
「……黙れっていってるだろッ」
 押さえられない感情に唆されて無意識に右手が上がり、降り下ろされる、刹那。
 がしゃんと、近くの建物…治療院の中でモノが壊れる音が聞こえた。
 二人が同時に顔を音のした方に向ける。――其処にいる人間を、二人とも知っていたからだ。けれど二人が出て来る迄寝台に横たわったまま意識等なかった筈だが……動けずにいると、中から声が聞こえて来る。看護士が何やら慌てているようだ。
 その慌てふためく言葉の中に、聞いた事のある単語が現れる。
「っ。」
 襟首を掴んでいるキッドの手を退かせて、グレンが床板を蹴る。
 そのまま治療院の中へ潜り込んでいくのをキッドは呆然を見送っていた。彼が消えてほんの少し時間が経った後、周囲が静けさを取り戻した頃、ようよう彼女も肺に詰まっていた息をゆるりと吐く。少しだけ俯いて、少し前迄グレンが居た場所を、見やる。
「…っ」
 交わした言葉を思い出し、唇を噛んで込み上げてくる思いを抑えた。
 セルジュは優しい。やさしすぎる。
 そんな事はとっくに知っている。
 けれどそれじゃ、この先彼が生きる事なんて、無理じゃないか。
 この世界はあまりにも冷酷で残酷で、やさしい人間なんてあっという間に押し潰されて、消えてしまうのだ。自分はそうやって失ってしまったものがたくさんある。だから自分は強く生きようとしているし、彼もそうであるべきだと思う。
 そう言えば良かったのか。判らなくてただ、ただ。
 掌をきつく握りしめた。






HOME

言葉を交わしても判りあえ無い事があるんですよって…種運命のEDじゃないんだから(あれー
結構最近できた設定です…わたしのキッドとグレンは、はじめ仲悪かったです。グレンが物腰が柔らかい方なので、カーシュとイシト程ではなかったんですが。
板でも書いていたのですが、キッドは自分で身を護る側で、グレンは誰かを護る側、それでいてセルジュは誰かに護られる側で。完璧に皆、ばらばらなんですよね。考え方も方向も全く違って、そんなメンバーで進むと、こういう食い違いがあったんじゃないかなーと。
特にキッドはそんな甘えを許さない世界で生きて来たので、たっぷり甘ったるい世界に浸かっていたセルジュには嫌悪感を感じるのではと。
まあ半分は、彼女自身本当は優しいという設定なので、それを捨てなくちゃならなかった自分の状況と彼の状況を見比べてちょっとねたましかったりした…というのもあったりしたとか。