"あか"が、舞った。
 白い光が溢れる、それは相手が放って来る攻撃の光、いまだ慣れぬ身体を動かして際どい所で光を避ける。地に転がり、そして直に身体を起こし、刃を彼に向けた。白に光る剣と自分の刃が交わり、ぎじ、と音を立てる。それだけで、あかが。自分達の身体からあかが舞っていく。
 それは、暁の空に、混じり。
「…ッ」
 拮抗して居た力を流して、彼は後ろへ下がる。合間に入る様に他の仲間が入り込もうとするが、それは相手からの光のエレメントによって適わない。周囲全体に広がる光を辛うじて躱し、反撃の機会を待つ。
 どれくらい刃を交えたのか、それ何処かどれ程時間が経ったのかすら判らない。ただ判るのは、自分を含め三人いる自分達に対し、相手はたった一人、そう、独りなのに、彼に圧されていた。ほぼ途切れる事のない白の攻撃、それは「今の身体」の自分と、仲間の一人である少女にとって天敵だった。それ以前にその攻撃自体が図りしれない、受けたらもう一人の金髪の青年でさえまともに立てていられるかどうか。
 それ程、強い。強い相手で、気を抜いて等いられないのに。
 道化の姿をした少女の攻撃を躱している隙を見、身を低くし、自分の武器、スワローを構える。その手が、震えていた。
 あかが手に伝い、武器が滑りやすくなっていた。だから強く握りしめる。その事に酷く恐怖を覚える。
 武器を持つ、構える。それは…「彼」を、倒すという事で。
 倒す、それは。彼を「殺す」という、事で。
 武器を、一線。避けられたが、それでも微かに触れた所からあかが舞う。刃に伝う。
 暁の空が、あかを一層鮮やかに見せてくれる。
 あかの色が目に焼き付く。
 嗚呼。
 嗚呼、自分は今、

 ひとを殺そうとしているのだ。

「う、ぁ…っ」
 ばん、と音がするのを耳にし、振り向いてみれば道化姿の少女が光にぶつかり、身体を空に浮かせていた。どぅと地に伏し、動かない。
「ツクヨミッ」
 変わらず繰り出される攻撃の合間に呼ぶと、僅かに起き上がろうとするのが見える。が、癒しを必要としているのは一目瞭然で、何とか彼女の元へ行きたかったのだが現状は一人が消えて更にきつくなった攻撃を躱すのが精一杯。それはもう一人の仲間も一緒の事で。
 作戦とか戦法とか、そんなものは一切なかったが、それでもいつもなら連携は取れていた。短い付き合いではあるが、双方とも自分に合わせて戦ってくれた。どんなに苦しい戦いも、何処か余裕があった。
 けれど今回はそんなものは何処にもない。たった四人だけの戦闘が、乱戦という言葉に似合う様になるなんて思うはずもなく。
 双方汗と汗と血に溶けた地に塗れて酷い有り様になりながら、まだ決着が付かなかった。そう見えた。
 ばん、と再度音がする。すると金髪の青年が光の攻撃に当てられて、後ろに飛ばされていた。
「イシ…」
 叫ぼうとした、その時。目の前に輝いていた暁の光が、遮られて。
 気付いた時には、脇腹に深く白い刃が食い込んでいた。
「セルジュ!」
 少女の叫ぶ声が聞こえるも、刃が身体から抜け、その反動で後ろに倒れたので返す暇がなかった。背に地が付くと同時に、脇腹から全身に向けて激痛が走る。
 叫び声を上げた、そう思ったが実際は声は出なかった。動く手で脇を押さえ、ひゅうひゅうと息を繋げる。この身体でも痛いんだと今更な事を考えて、この身体でこれ程の傷を負ったのはそういえばはじめてだと呑気な事を考える。
 とりあえず起きようと、苦痛を訴える身体を無視して上半身をのろのろと起こす。と、暁の色が遮られている事に気付いて、彼はのろのろと顔を上げた。
 見慣れない、他人の大人。血と泥と汗で酷い姿になっている、その人。
「動かない方が良い。内臓が身体から出てしまうよ」
 それもすぐに気にならなくなるかなと、ささやかな笑みと共に呟いて。寂し気な、哀し気な笑みと共に。
 知らない顔。
 でも、とてもとても、良く似ている、顔。
 暁が彼の後ろから溢れている。
 嗚呼。
 あかい光が空を覆っているのを見て、吐き気を感じる。
 嫌いだ、夕焼けは、嫌いだ。
 滅多にない毒を持ってそう呟きたくなる。それ程この暁の色は好きではなかった。あまりに良い思い出がなかったから。
 けれど、そう思っていても言えなかった。言えなかったというよりは、それでも好きなのだという、思いがあった。
 理由が、ひとつ。

 脇腹にほんの少しの回復をかける。それに目の前の人は、笑った。
「…諦めないか」
 独り言なのか、問いかけなのか。判らなかったが、どちらにしても答えなかった。武器を持ち、ゆらりと立ち上がる。
 次に、走った。重なりあう刃、それは長く続かず右脇から左肩にかけて刃が走る。蹌踉けて後退り、体勢を整える為に間を置く。けれどその時間を与えられず彼は迫って来た。刃を中段に構え、懐に入り込もうとする体勢。刃は確実に、心臓の急所の部分へと向けられている。
 戦慄が走る。
 このままでは
 彼が、近付く。
 ころ
 頭が、冷える。
 され、
 手が、自然に。
 る
 武器を、手放した。



『なあ、いい加減持てよ』
 そう、切り出された会話。それに、彼は苦笑を浮かべた。
『だから…、僕は』
『だからも何もねーだろ。お前、人間相手の戦いには慣れてねーんだから。あんなでかい武器落としたら、何で護るんだよ。体術なんてしらねーんだろ?』
『そうだけど…』
『だから』
 と、手渡された。無意識に手に触れた感触に、身体が強張る。
『持っておけ。俺の気に入りの種類だ、持ちやすくて軽い。隠し持てる位の大きさだしな』
『…キッド』
『頼む』
 いつもとは違う、覇気のない面持ち。それでも瞳は真剣で、つい了承してしまって。



 手の中にあったそれは小さなナイフ。それは何故か『自分』となっても、手の中にあって。
 それが、今は、

 彼の身体に食い込んでいた。



 赤い印象が強いのは、彼女が好んで纏う衣服の色が主に赤なのと。
 はじめて出会った時彼女が背に背負っていたのが、暁の空だったから。
 あの時の暁は、彼女と共に優しく、力強いものだったのだけど。



 ひゅうひゅうと息が漏れる。それは、どちらからだったのだろう。
「…成程」
 彼から、言葉が溢れる。
「本当に君は、……ワヅキに似ているな」



 目の前に溢れる暁はまるで血の様で、痛々しく、禍々しく輝いていた。



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例の場面。セルジュが夕焼けを好きだ嫌いだと言う理由みたいなものです
いろんな事が入っちゃって、かなりぐちゃぐちゃになっちゃったなあ…(汗)考えていた時はただ人を殺すという事と、その相手がレナのお父さんだって事だけだったのに