おかしい。 混乱を抱えたまま彼女は遅れた足を急いで前へ進めた。心なし足早に歩く目の前の人物を留めようと、咄嗟に届いた布を握りしめて立ち止まる。もしかしたら振り向く事なく布を持つ手を離してしまうかもしれないと一瞬思いが過ったが、その不安も杞憂で終わり、彼は至極静かに振り向いた。 「どうしたの?」 「お前……」 問いかけようとして彼を見た。見たのだけれども、一瞬言葉が詰まる。 何だろう、とてもとても、違和感を感じた。 気付かないのかじっと見つめ返してくる視線に気付き、彼女は目を一瞬彷徨わせた後、く、と奥歯に力を込めて決心してから、口を開く。 「…何、隠してんだよ」 「隠す?」 ふ、と彼が笑う。 「僕が?何も隠してなんかいない」 「嘘つけよ、じゃあお前さっきのなんなんだよ」 「泳いでただけだけど」 「そうじゃなくて…」 言葉を出すのが、辛くなってくる。面には出さないものの、次第に自分の言葉に対する拒否感が向こうから伝わってくるのだ。それ以上、言葉にするなと。 しかし彼女にとってはそういう訳には行かなかった。先程見た光景が……とても苦し気な姿がどうしても気になった。自分が姿をあらわした途端、その姿を隠した事が非常に気になった。 どうして隠すのだろうか? 「…何に耐えてんだよ」 笑みが、消える。 気にならない位自然な動作で、彼は口元に手をやった。俯き加減なその面持ちは、月の光の下でもどんな感情なのかが判らない。 何だろう、それはとても自然な動作で、殆ど無意識にやった状態に感じられた。何故かそんな風に彼女は感じられたのだ。 ……癖、なのか? 「セルジュ」 名を呼ぶと、避ける様に顔を背ける。そのまま逃げ去りそうな体勢になったのを見、彼女は眉を潜め手を伸ばした。肩を掴み、無理に身体をこちらへ向けさせる。後退ろうとした身体を、腕を捕まえる事で其処にとどめた。空いた手を彼の後頭部に回し、自分へ向かせる。 「セルジュ!」 「キッド」 声が、怯えている。 「…御免、キッド、御免。」 「謝れなんて言ってねえ。何だったんだって聞いてんだ」 「御免。……駄目だ、御免。 …駄目なんだ…」 顔を近付けても彼の表情は読めず、何を考えているのか判らぬ様子で、小さく、周りの音にかき消されてしまいそうな声で、呟いた。 「何が、駄目なんだよ」 「………言えない… まだ、言えない。 隠しているつもりはないんだ、でも…まだ言えない。 …言え、ない」 御免、と呟いたきり彼は黙り込んでしまった。何を聞いても、怒鳴っても、無表情のままにただ聞き、佇む。何か──奥に、終い込んでしまったかのようだった。 一体何が──何があったというのか。ただ判る事は、それは自分の目の前では見せない、彼が持つ弱の部分なのだろう。 自分には見せない… ───テルミナの騎士の一人を、思い出す。 遠い。 自分と彼との間が、まだ遠い事を実感する。記憶が曖昧なあの時期の間、それだけ彼と離れていた事を、悔やむ。 肩を掴んでいた手を離し、そのまま流れる様な仕種で彼の首に回す。自分の肩に彼の頭を寄せて、顔を見ぬ様にし、抱き締める。唐突な彼女の行動に強張っていた彼の身体は、はじめただ佇むだけだったが、次第に肩を落とす様に和らぎ、そっと彼女の背に手を回した。海水に浸かったばかりの身体、いつもなら、濡らせまいと離れて行くだろうに、今日はない。気を配る余裕がないのかもしれない、…気付いてないのかもしれない。 ──逃げない。 彼がどんな事を自分に見せてくれないのか、触り程は予想出来るものの、その奥底にあるものが見えない今は下手に手を出す事が出来ない。それでもどんなものでも、逃げたくはなかった、受け止めたい。 …「彼」に触れたい。 昔の自分が今の自分を見たらどんなに顔を歪めて嘲笑するだろうか、心の中で苦笑いつつ彼の濡れた髪を指に絡め、解く様に撫でる。あやす様に、労る様に、自分は此所にいるのだと、彼に伝わる様に。
まだ公開してませんエカキ板で現在の僕の中のセルジュみたいなものをつらつら描いてたら出て来た駄文と駄絵。アナザーになるかホームになるかまだ位置づけは決まってません。 |