「夢泣きは終ったんじゃなかったの?」
 突然かけられた声に、上半身だけ振り返る。暫し姿を見せなかった幼馴染みが、夕闇に混じりこちらへと向かっていた。
「一応終ってるよ。君が最後だね」
「……最後? なにそれ、ウィーやレストも来たの?」
「面白半分吃驚半分で。」
「野次馬…やーね、第二のゼークにならなきゃいいんだけど」
 酷い言われ様に微かに苦笑する。本気で言っている訳ではない事は知っているが、それにしても大雑把な接し方だと思う。
 とさんと隣に腰を下ろす。疲れたあと喚きながら溜息を付いて、暫し息を落ち着かせてから横を見やる。
「聞いたよ、夢の話。スオらしいというか…イヤな夢見るよね、ホント」
「…それなんだけど」
「何?」
 顰め面で聞き返して来る。この流れでスオーシャンが話を続けると、大抵良い事ではないのを彼女はよく知っているからだ。随分と読まれる様になったなと溜息をついて、スオーシャンは口を開いた。
「多分…、…夢じゃない」
「…は」
「夢ではない、きっとあれは、事実だ」
「……スオーシャン」
 眉間に皺を寄せて、困った様に彼女は彼を呼ぶ。嘘と言葉を否定しないのは、彼の事を少なからず知っているからで、本当ならば否定したい言葉だろう。
 彼は嘘をつく人間ではない。人に知られてはいけないものは、心の奥に潜めて、誰にも見せないけれど。
「きっとあれは事実だ、この先に起きる……変えてはいけない未来」
「変えられない、…じゃないのよね」
「…」
「スオってさ、物事を素直に受け止め過ぎる所があるのよね。
 そんなのシーアが見たら、絶対嫌だって泣いて騒いですぐに行動するわね。きっと他の皆もおんなじ、わたしなんか喚く前に動きそう。
 でもきっとスオーシャンは…しないんだよね。"あれ"だけを除いて」
「パティ」
 彼の呼ぶ声を無視して、パティアは言葉を続ける。
「基本的にスオは、自分と他人の境界線がないのよ。あるように見えるのは、近すぎて距離感が見えなくなっているだけ。だから他人に言えないような事も平気で言っちゃって、時々皆が吃驚する」
「…パティ、怒ってる?」
「怒ってる。皆の前で莫迦な事言ったの、判ってないでしょ」
「?」
「"両親が死ぬよりは自分が死んだ方がいいのに"。」
「───」
 不可解な面持ちを浮かべた彼に、疲れた様にパティアは溜息を付いた。それは「何それ?」という表情ではなく、「それが?」という表情で、……つまりは否定していなかった。
「…どうしてあの親子からこんな自己犠牲的な子供が産まれるかな」
「ある意味当然だと思うけど。」
「自分で言うな、自分でっ」
「でも自分では、そう思ってないよ。回りからそう見られるのは判ってるけど。
 …それは、僕がするべき事なんだよ」
 迷いなく告げられる言葉。睨み付ける彼女に、スオーシャンは僅かに笑う。
「それに、パティだって僕だけを棚に上げられないし」
「……まあね。」
「ほら」
「…うるさい。わたしはどちらかというと、何もしないで何かを失うのは嫌なの。
 だから護りたいものはどんなになっても護る。皆を、この島を。…スオもね。
 ここを護るのが私の仕事」
「度が過ぎるけど」
 いいのよ、と呟いて彼女は立ち上がる。靴を脱いで引いては寄せる波に踏み込んで、揺れる波を見つめている。ぜらぜらと音を立てて波はただ、引いて寄せてを繰り返す。
「スオーシャン」
 返答はない、けれどこちらに向けられる意識を感じて、パティアは言葉を続ける。
「わたし、貴方が決めている事を誰にも告げない。だけど貴方が行おうとする事には、手を伸ばして阻むから。
 皆が哀しむのを見たくないし、簡単にスオを失いたくない。それに何より、私自身の意義が貴方の意思と反発してるから」
「…」
「前から思ってたんだけど、スオってエルニドの人間に見えないのよ。小さい頃はいろんな所行ってたからって事じゃ片付けられない何かがあるのよねえ。シーアはあんなに島の人間なのに、本当スオって、違う何かがあるのよね。オーラっていうか、色気っていうか」
「…いやそれ、違うと思うんだけど」
「この際わたしも外に出てみようかな、滅多に他の大陸なんて行った事ないし、面白そうよね。
 これも前々から思ってたけどスオーシャンって絶対漁師は似合わないと思うの。腕は良いけどそれはどちらかというとなんでもできるからって感じのような。」
「………」
 暴走し始めた彼女に、諦めて溜息を付く。こうなると自分ではどうにも出来ない、彼女が止まってくれない限りには。面持ちを崩したスオーシャンに、パティアはにこりと笑う。
「スオ」
「…なに?」
「スオはきっと此処から何処にも行かないつもりなんだろうけど、わたしは嫌だから。いつかはまだ判らないけど、でも絶対引っぱり出してやるから。
 …生きなきゃ、スオーシャン。じゃないと哀しむのはあの人達だよ」
「生きてるけど」
「……だから。あーもー。」
 駄目だこれは、と頭を抱えて天を仰ぐ彼女に、スオーシャンは首を傾げた。
「もういい、判った。これはもう徹底的に振り回さないと理解されない」
「だから、なにを…」
「うるさーいっ。いい、あと何年後になるか判らないけど世界旅行決定! 準備忘れない!」
「わ、忘れないって何時になるか判らないのに」
「いいの!」
「……段々君の母さんに似て来たね」
「…………言うなーーーーッ」
 靴を投げられて、慌ててスオーシャンは飛び退く。当たらなかったのが悔しいのか唸り声を上げて睨んで来る彼女に危機感を覚えて、反射で横に退くと海水が元居た場所に大量に降り掛かった。
「パティ、やりすぎ」
「うっさーーーいっ」
 あ、駄目だ。
 言葉で宥めるの早々に諦めてスオーシャンは身体を翻し浜辺を横切って行く。
 追い掛ける様に叫び声と水飛沫が夜の空に響いていった。