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スオーシャン
:「僕が此処にいる理由?」

 立ち佇む事も難しいはずであろうその姿は、ただ静かに其処に居、言葉をつむいでいた。
 至極静かなその流れに、今自分が彼に対して致命的な傷を負わせた筈という事を不安にさせる。
 ただ、ただ至極静かにそこに立ち居る少年。
「…理解するには少し難しいかもしれない。でも簡単な事だ、僕の中ではとても簡単な事だ。
 自分の思いのままにいるだけなのだから。
 だから、僕はここにいる。
 僕の思いを、願いを適えるために」
「それで、どうするというの、これから。その身体で」
 問いかけの言葉を聞いて、しばし瞼を瞬かせ。
 そして、声なく笑った。
「勿論。戻るよ、僕が居たいと思う場所に」


(スオ)










シーア
:「私が何も出来ないと思った?」

 倒れる男に、彼女は睨むでもなく蔑むでもなくただ眼差しを向けたまま呟いた。腹を突かれ咳き込む男もまた、憎らしそうにも悔しそうにも見えない、目の前のものを見るのみで。
「昔は世界中家族でふらふらしててこんなことも多々あったから。せめて自分の身が護れるくらいのものは持っておこうってね。…んで、私に一体何の用?」

(シーア)










パティ
:「…残念だったね」

「負ける気はなかったから本気で行かせて貰ったよ。
 …御涙話は他にした方がよかったね。私は、そんなものには引きずられないの。」
 呟き、彼女が視線を向けると、青年が一人、壁に身体を預けて彼女の視線を受けていた。
 横腹を押さえ細かく呼吸を繰り返しつつ、言葉はなくじっと見返す青年に彼女は近づいた。
 足元に転がる「それ」を跨ぎ、屈み込んで彼が手で押さえていた横腹の傷を見る。
「深いのね」
「…少し」
 嘘をつきなさいと返しながら彼女が衣服の端を引き千切り、彼の胴に巻き付ける。
 呻き声を必死に押さえる音が聞こえる。
「これは充分に深いって言うの。もー、シーアやあの人達に面目が立たないなあ」
「君は別に責められないよ。寧ろ僕が、情けないとか言われそうだけど」
「シーアなら言いそうよね」
 否定がなかったのに、痛みの色を残したまま青年が微笑う。
 青年に肩を貸し、彼を半ば引きずりながら彼女は歩き始めた。
 どこに居るかは判らないが、とにかく彼を知り合いの医師に見せなければ。
 傷ははじめ彼女が思っていたよりも深く、血も随分流した筈なのだ。
 一歩一歩、ゆるりと歩いていく。
「…君も嘘をついたよね」
 突然、青年が荒い息を吐く中で音を紡ぐ。
「引きずられなかったら、そんな傷は受けなかっただろう?」
「……」
「パティ」
 呼ばれ、彼女はほんの少しだけ彼を見る。
 夏の空の色をたたえた瞳が、揺らぐ事無く彼女を映していた。

(パティ。とスオ)









レイセアゼーク
:「…これで充分だろう」

 からりと、彼はそれを足元に投げ出した。
 床に膝をついた相手に背を向け、彼は周囲に群がる野次馬達を掻き分けて去って行こうとする。
「…何故だ」
 その言葉に彼は足を止める。
「何故そこまでの腕がありながら、それを持たない?それを振るわない?
 ……何故その立場にいながら、お前はそこから逃げる?」
 振り返ったそこにあったのは、嫉妬でも皮肉でもなく。
 ただ純粋な疑問を持った男が自分を見上げている。
 …言葉が、掠れそうになるのを必死に抑えた。
「お前は」
「…?」
「…… お前は本当のそれを人に向けたのは何時だ?」
 男が眉を潜めたのは判っていたが、敢えて無視した。
 酷な、事かもしれない。それでもそう問うしか出来なかった。
「俺は何時だったかとっくに忘れた。
 だが、それで人を傷つけた事も、2度と振るわないと決めた事も覚えている。
 …堪えられなくておかしくなりかけた事も覚えている。」
 ざわりと周囲が困惑の音を溢れ出した。
 初耳だったのだろう、これを知る自分の周囲の者が只管隠していたのだから無理もない。
 目の前の男は、ただただ、自分を見つめていた。
 それが可笑しくて、彼はただ笑った。
「器じゃなかったって事だ」




 音の響く廊下を歩く。
 出来るだけ人気の無い所を選び、一人になれそうな所を探す。
 呼吸が上手く出来ない。奥歯を食いしばり、彼はただ前を見て足を動かした。
 目眩がする。
 今にも失ってしまいそうな意識、しかしそれは最悪な状況を引き起こす事を十分に承知している。
 だから、歩いた。気を静められる場所を探す為に。
 一歩足を出した直後、突然目の前が真っ黒になった。
 同時に後ろに引っ張られる感覚を覚え、彼は声を失う。
 …まさか
「慌てるな。まずは呼吸を整えろ」
 ……それだけで、彼は凍り付いていた身体をゆるゆると溶かしていった。

(ゼーク 己ではどうする事も出来ないもの)










セレシャイン
:「判りました、私も…手加減はしません」

 ひゅ、と目の前を鈍い光を帯びた物体が通った。
 鼻先を掠め、男はふ、と短く息を吐く。
 なんて娘だ。心の中で毒づく。
 刃を見て怖がっていた先程迄とまったく別人になった様だった。
 今は短剣を手にし、恐ろしい程綺麗な形の技を繰り出している。
 その短剣を持つ事で恐れを消し去ったのだろうか。
「いい気になんなよ、嬢ちゃん。武器もったからって強くなったつもりか?」
 半ばひやひやしながら話し掛ける。少しでも型が乱れれば、隙ができるのだが。
 ふと、彼女の動きが止まった。だがきりきりと尖った気配は消えていない。
「…貴方は」
「あ?」
「貴方はどの様な気持でその剣を握られていますか」
 男は眉の端を上げる。
「私は、護る為にこの刃を持っています。私が護りたいというもののために。
 その為ならば自分の命も、相手の命も消えても構わないと。
 …貴方は、どの様な気持でそれを握られているのですか」
 答えは、なかった。
 …すぐに出なかったと言った方が正しかったか。
 思わず男に笑みが溢れた、まさか、まさかだ。
 こんなか弱気な少女にそんな事を言われるとは。
「………成程」
 男は剣を構え直す。
「本気で来いって、事か」
 少女は、答えを返さず、ただ短剣を握りしめ、構えた。

(シャイン 奥に秘めた強さ)










ウィーティックとレストマー
:囚

 ぎゃん、と甲高い声が響いた。
「ウィーッ!」
 蹴り飛ばされた少女へ蹌踉けながら近寄り、背に庇う様に彼は少女とは反対側を向く。大人気なく怒りを露にしながら、男が二人の目の前に立っていた。
「退けよ」
「いやだ」
「退けッつってんだろガキッ。てめぇもぼこぼこにされたいのかっ」
「やめて。ウィーを殴らないで!」
 震える声だが、負けじと男に少年が叫ぶ。少女は彼の背後で咳き込みながら、それでも男を睨み上げていた。それがどうにも、男には気に入らなかった様だ。は、と声を上げる。
「…おい、いい加減にしろよ」
 男の後ろで事の様子を見ていた別の男が言うも、彼はそれを無視した。
 腰に手をやり、何かを掴み上げてくるりと手の中で回転させる。
 鈍い光を見せたそれを見──少年の面持ちが瞬く間に恐怖に染まった。
 同時に男の後ろから、複数の声が男の名らしきものを吐き出す。
「何をする気だ!」
「殺さねーって。ただこう、少しでも逆らったら…」
 口の片端を釣り上げて、男は少年の頬にその光──短剣の刃を寄せる。
 ぷつり、と皮膚を裂く音が聞こえた気がした。
 少年の身体が竦み、刃が頬に赤い線を引く間、眼をかたく閉じていた。少女が声を出せぬまま、叫んでいた様だった。つらりと、赤い線から赤の雫がひとつふたつ、頬を伝って行く。
 刃を頬から離し、男が嘲笑を浮かべて笑う。
「こうなるって事を、見本にな」
 くつくつと笑う。かたかたと震える少年を見、可笑しそうに眺め回す。短剣を少年の前でふらふらと揺らし、なにかを思案している様だった。そして、ぴたりと鎖骨の前で動きを止める。
「…それとももっと教えておいた方がいいか。
 誰にも言えない様な所に教え込むのも、面白いよなあ」
 くつくつ、くつくつと、冷笑が空間に広がる。
 刃を持たない手が、そろりと少年を掴もうとした、その時。
 少年の背後で縮こまっていた少女がその手をはね除け、少年にしがみ付き、叫び出す。
「やめて、やめて。レスト兄に酷い事しないで!」
 耳もとでぎゃんぎゃんと騒ぐ少女、しかし少年はその声が聞こえていない様に、ただじっと、目の前を見ていた。
 その声よりも、目の前の状況に硬直していた。
 見境がなくなる、その境界にある表情──それが男に現れていたのだ。
 やばい。
 殺されると思いつつも、身体は男から溢れる怒りに怯え、何処も動かない。
 短剣が振り上がる。
 どちらに落ちるのか判らないが、振り下ろされたら最後には確実に二人とも死ぬだろう。
 いけない、いけない。
 妹を殺してはいけない。
 自分の下に出来た血の繋がった妹。
 自分よりも弱い存在。
 ずっと、自分が護らなければ思っていた。
 刃が振り下ろされそうになる、思わず少年は眼を閉じ、すぐに来る衝撃を覚悟して待った。
 …だがそれは来なかった。男がなんのつもりだと、叫んでいるのが耳に届いた。そろりと、双眼を開く。
 目の前で男が他の男達に動きを止められているのが見えた。その制止を振り切ろうと暴れるが、その戒めは解けずずるずると引っ張られて行く。
「いい加減にしろ!折角の人質を殺す莫迦がどこにいる。
 滅多にないチャンスを台なしにする気か!」
 そんな声が飛び交っていた気がする。だが少年は半分も理解出来なかった。
 頭の中がぐるぐると回っていて、眼を瞬かせる。漸く自分は生きていると自覚すると、ほっと息をつくと同時に、消えていた身体の震えがまた現れた。
 どっと、恐怖が全身に広がる。
「レスト兄…ごめん、ごめんね。大丈夫?ごめんね」
 後ろから震えた声が耳に届いた。答えようと、声が震えそうなのに気付いて、少年はすっと息を吸った。
 しっかりしろと、心の中で自分を叱る。ここで自分が怯えてどうなる、と。
 少年は、大丈夫だと少女に言葉を返した。

(ウィーとレスト 少し前の事件)



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