ディルク関係のネタバレっぽくなりそうなので注意
いや…ネタバレのはずなんだけど其処まで書けてないっていうか…
目をあけると、暗闇の中に赤い川が流れていた。
とろとろと、まるで甘い囁きのようなせせらぎだけが聞こえる静寂の中で、無意識に川の流れの元へと眼を向ける。
一本だけの赤い川と、深い闇が見えるだけの道の先。
あいつがいる。
確信に近い想いが浮かび、川上の方へとレストマーは走り出した。
闇の中に淡く、しかしはっきりと色を浮かび上がらせる川を辿る。天井も足元も全て暗闇の筈なのに、足裏には川原の石の感触がある。シトロの近くに流れる川の石だと判った。あの場所はよくマリカ達と遊びに行った。
その記憶で思い出すのは、色鮮やかな緑と青だ。けれどこの赤い川に、違和感を感じない。それどころか懐かしいとレストマーは思った。
赤い川を見たのは、何時だっただろうか。
遠くに、見慣れた後姿を見つけた。けれどそれは、探していた姿ではなかった。
傍へ寄って、彼を呼ぶ。彼は緩慢に振り返り、レストマーと視線を合わせた。酷く穏やかな笑顔の彼が、じっとレストマーを見る。
やはり、何かが違った。何がだろうと首をひねりながら見返していると、不意に彼が青で統一した鎧を纏っていない事に気付いた。その代わりにむき出しになっていた筈の左肩に、肩当がついていた。見覚えのある模様。
それは、自分の左肩についている筈のものだ。レストマーが数年前に、彼から譲ってもらった防具。
自分の左肩をみて、目を見開いた。肩当がない、それ以前に、自分の姿が小さくなっていた。
彼を見上げる。やさしい眼差し、見慣れた姿、背の高さ。けれどそれは今のレストマーではなく、もう少し前、幼い頃の位置で。
あれ、と。何かを思い出しかける。
彼の右手が伸びて、レストマーの髪をくしゃりと撫でた。そのまま掌は首の後ろに回って、頭を抱きかかえられる。
レストマー。
彼が自分を呼ぶのが耳に、身体に伝わってきて、レストマーは無性に泣きたくなった。ほんの幼い頃にしか抱きついたことのない身体に腕を回して、すがりつく。応えるように自分の背にも彼の腕が回った。
ああ、そうか。
レストマーは思い出す。
もう、いないのだ。
力強い腕も、暖かい身体も、耳に伝わったやさしい声も。慈愛に満ちた笑顔も。現実では、何ひとつ残さずこの世から消え去った。
ディルク。
幻でも良かった。その温もりを覚えていたくて、レストマーは目を閉じた。
次に目をあけると、見えたのは薄暗い部屋の天井だった。
耳には忙しなく続く水の音が聞こえている。一瞬此処が何処か判らなくて、レストマーは今の自分と、夢の中の自分が同じ時ではないことを、時間をかけて認識していった。
頭の中が鉛を敷き詰めたかのように重い。眼の奥にも熱がこもっていてだるく、喉も痛みが残っている。昨日何があったかは、夢でも思い出したので覚えている、けれど、その後自分がどうしたか、実はさっぱり思い出せない。記憶はトビラの前で崩れてから、さっぱりなくなっている。
どうしたっけな、と髪をかきあげると、鉢金が外されている事に気付く。身体に触れると鎧一切もない。うわあ、とレストマーは顔に血が上った。自分は何処まで記憶がないのだろうか。眠っていたとか気を失ったならまだいいのかもしれないが…いや、よくないのか。
汗が一気に溢れ出して、誰も見ていないというのに両手で顔を覆いたくなった。けれどそれは適わなかった。右手が、何かに拘束されているようだった。
ゆっくりと頭を向けると、レストマーの右手は、親友の両手に握られていた。
「リウ」
名を呟く。けれど彼は身動ぎもしない、一応は眠っているのだろう。防具を外しただけの着の身着のまま横で眠っている彼の面持ちは、少しばかり曇っていた。目元が赤く腫れている、眦から落ちた涙の痕もいまだ残っていて痛々しい。
自分も似たような顔をしているのだろうかと思っていると、彼が握り締める右手の中に、何かがある事に気付いた。親友の手を外さずにゆるりと指を開くと、見えたのはフューリーロアが精霊の魂と呼ぶ、猛き咆哮の書だった。
…彼が消え去って、唯一残ったもの。
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タイムアップ…うあーむずかしいー