外は息が白くなるほどに冷え込む季節の夜だ。ルリ城のダンスホールでは、今年最後の夜会が開かれていた。華やかな音楽に乗って色とりどりの衣装で着飾った貴族たちがくるくると回っている。夜が更けてと言うにはまだ早い時間に、その輪から抜ける人影がひとつ。
人影はゆっくりを輪を横断し、壇上にある椅子へ向かうと二つ並ぶ席の内埋まっている方、カナンの横へと着いた。
「お疲れ様、エルザ」
壇上の席に鎮座するカナンが笑うのに、エルザは疲れた声で応えを返した。
「ひっきりなしで流石に疲れたよ…」
「あなたが来るの珍しいから、みんなこぞって構おうとするのよね」
エルザが夜会に顔を出すことは少ない。先日大公をもてなした(ついでにエルザが大変な目にあった)夜会に出席してから随分間が空いていた所為か、今日はあちらこちらから声がかかって引っ張りだこだ。
「一部の人はもう出てこないんじゃないかって心配してたわ」
「昼間でも会えるのに…」
「ルリの隅々を見てまわるのが貴方の仕事でしょ。一日の殆どを家のなかで過ごす女には機会が夜会くらいしかないのよ」
「じゃあお茶会は…」
「貴方を呼べるひとは限られるわ。だからこんな時に群がるの」
エルザは応えを返せなかった。今も輪の中から意味ありげな視線を向けてくる婦人がいる。幼い頃に社交界用のダンスの訓練を受けていたから無作法はいまのところないが、どうしても気を使いすぎて精神的疲労が溜まる。
あと何人相手をしたら解放されるのかな、と気付かれぬように人数を数えていたら、横から声がかかった。振り向けば、カナンが手招いているので屈み込めば、彼女の掌がエルザの頬に触れた。
「ちょっと顔色が悪い?」
「そう…かな?」
「この頃、調子良くないでしょ」
彼女の問いに、エルザは視線を反らした。そんなことはないと突っぱねられれば良かったのだが、正直それも出来ない程の体調不良を感じている。
「冬は悪くなるって言われていたものね…。そろそろ戻りましょう」