会える日が減るかもしれないという話は、エルザとしては本職に戻れるということで嬉しい話だったが、王子たちにはとても伝えにくい話題だった。実際そう伝えると、二人は目に見えて落ち込んでしまう。
「ま…まだ本調子ではないので、この冬の間徐々に…という話なんです。暫くは、王子達にお目通りが適うかと……」
「でも、少しずつ来れなくなるのでしょ?」
 不満げな表情を隠さない王女に、流石にエルザも参ってしまった。それを察して、王子は王女を嗜める。
「こら、我侭を言うな」
「だってぇ」
「彼にも自分の生き方がある。それを私達が縛り付けてはいけない」
 己の身分をよく理解している言葉だ、とエルザは思った。彼らが望めば、エルザ等どうにでも出来る。実際金で売られそうになったこともあるのだ、王族の二人ならば、武力でどうにかすることも可能だろう。それなりに名が知られ始めたクォークの傭兵団でも、国に対抗することは不可能だ。
 それを判って、彼らはしてはいけない、と言う。
 ──こんな王族がもっといたなら。
 権力に溺れ非道の限りを尽くす権力者を、エルザは何度も見た。他の国に比べればまだ豊かである筈なのに、飢えるばかりの民。略奪は当然のように行われ、それに便乗するもの、その騒ぎから遠ざかるもの、取り押さえるものでざわめく街は、帝国に限らず大陸中のどの国でも見かけた。王族や領主はその騒ぎを厳重に守り固めた城の中でただ見下ろすばかり。
(彼らは気付かないのではありません。気付きたくないのです)
 昔世話になった女性貴族の言葉を思い出す。
(気付けば不幸な日々を、絶望の朝を突き進むしかない。資源は一刻と減り続けます、ならば土地を増やそう、地位を得て己に様々なものが集まるようにしよう。そして得た権力は己の周囲のみを豊かにしました。
 少しでもひもじくなるのが厭で、他を蹴落としてでも維持しようとする。それには更なる権力が必要だった。
 繰り返し、繰り返し。気付かぬまま次第に当初の理由を忘れ、権力にのみしがみつくようになる)
 それだけではない事はエルザにも判っている。けれどそうして歪められていく者は多い。
 将来のある、年端の行かぬ彼らの行く末を見守れたら、支えられたら。そうは思うが、土台無理な話だということも承知しているのだ。
「…此処を出て、何処へ行く」
 王女が静かになってから、森の少年がゆっくりと口を開いた。
「行く当てはあるのか」
「当て、というのは……」
 騎士になると言う目標はあれど、それに到達するには何処へ向かえば良いのか、エルザにはまだ道が見えない。
「とりあえず、春になったら南下する予定で…。帝国を拠点にしているので、一度戻ろうと言う話になっています」
「帝国から此処まで? 随分外れまで来たのですね」
「そうですね。……北に来るのは、ずいぶん久し振りです」
 もう何処にあったのかも忘れてしまった、けれど、帝国よりも北にあった筈なのだ。
 エルザとクォークの故郷は。
 無意識に窓を見やり、ふと気付いた。真っ白に染まった風景の中に、ふわりと灰色が舞っていた。手摺に舞い降り、ちらちらと辺りを見回している。
「鳥? こんな時期に」
「冬鳥だ。……あれは里には滅多に降りないのだが」
「図鑑ではよく見たけれど、実物は初めて見たわ!」
 目を輝かせた王女が窓に走り寄り、そっと窓枠をずらす。すると、野生のものならばそれだけで飛び立ってしまう筈の小さな生き物は、開いた窓の隙間を縫って部屋に入ってきた。
「えっ? た、大変!」
 呆然とする王女の傍を通り抜け、鳥は降りる場所を探すようにくるくると広い部屋を飛び回っている。広い部屋と言っても、空を飛ぶ鳥にとっては狭い空間だろう。
「追いかけるな、余計に鳥を慌てさせる」
「けれど、カーテンなどに爪を引っかけてしまっては……」
 ばたばたと鳥を追いかける王女を見ながら二人が冷静に話している。鳥は時々羽ばたきながら、まだ部屋の中を飛んで地上に降りる気配はない。
「おりてらっしゃい! 飛び続けるのも疲れるでしょう!」
「王女、落ち着け。鳥も降りる場所を定められん」
「うう…」
 王女が渋々追いかけるのを止めても、鳥はいまだ降りる素振りを見せない。森の少年が口笛を吹いてみるが、翼を羽ばたかせてまた舞い上がる。
「君でも駄目なのか」
「あの鳥はヒトを主に持つとヒトにも懐くが、それでも限られた者にしか懐かない……混乱している様子はない所を見るともしかしたら主を持っているのかもしれないが、ならば余計に人里へは近付かない筈。
 何故此処に来たのか…」
 少年がほんの少し不快感のようなものを見せた気がして、エルザは目をしばたたかせたが、彼はそれ以降何も言わず、いまだ飛び続ける鳥を見上げている。
 暫く、エルザは惑った。ぺろりと唇を舐めて濡らし、少しばかり躍っている鼓動を抑えて、息を吸った。
 唄うように、口笛を吹いた。ぴい、と鳥のような音色が吹いた息から生まれ、其処に魔力が籠められていたことを、この時のエルザはまだ知らない。
 ──こちらへおいで。
 鳥がこちらに意識を向けたのが判った。
 ゆるく傾いて、旋回しながら高度を下げる。見計らって腕を上げれば、鳥はそこへ目掛けてエルザ達の周囲を一周した。そして羽をたてて、エルザの手に止まる。
 灰色の、けれど光に当たると銀色に輝く羽を持った凛とした顔立ちの鳥だ。茶の丸い目がじいとエルザを見つめていて、ぴい、と短く鳴いたその声は呼んだかと問うているような気がした。
 ふっと笑って、うん、と声なく語りかけた。降りる場所を探していそうだったから。
 違う、と鳥は声なく告げたような気がする。
 そして、見に来たと、一言だけ。
 ──見に来た?
 問いに答える前に、鳥は何かに呼ばれたかのように目を窓に向け、翼を広げた。そのまま羽搏かせ、今度は迷いなく開いた窓の隙間を器用に縫って、外へと戻っていってしまった。
 あっという間の出来事に、誰かが口を開くまでに少しの間が必要だった。
「……なん…だったのでしょう」
 呆然と呟く王子に、私も判りません、とエルザは応えるしかなかった……少しばかり指先が冷たくなっているのを感じる。
 ちらりと横目で見た森の少年は、鳥が去った窓の向こうを見つめながらいままでにないほど難しい顔をしていると思った、次の瞬間。
 死角からどん、と何かがぶつかってきた。崩れ掛かった姿勢を何とか堪えて上体を上げると、圧力から声が聞こえてくる。
「あなた、どうやって鳥を呼んだの!」
 好奇心できらきらと瞳を輝かせている王女がエルザにしがみついて居た。その事実に一拍置いて、ひっと竦み上がる。
「彼に出来なかった事をどうやってやったの? どんなコツがあったの?」
「あ、あっ、あのっ、殿下っ…!」
「教えて! 魔法でも使ったの!?」
「か、彼の真似をしただけですッ! あの、だから離れてっ…」
「本当かしら〜?」
 更に近付いて顔を覗き込んでくる王女に、うわあぁと心で叫びながら後退る。そもそも隣同士で座る事自体がおかしいというのに、王家の女性に軽々しく触れて良い訳がない。離れてほしいが、自分から触れるのも如何なものか。
「こら、はしたないぞ」
 王子が見かねて助け舟を入れてくれた。ぶうぶうと文句を言いながらも王女が離れ、ほっと安堵の息をつく。
「だって本当に凄かったんだもの! 聞いてみたいじゃない!」
「確かに凄い事ではあったが……無理に聞くのも失礼だろう」
「ええー、でもでも、それくらい!」
 更に食いついてくる王女に視線を彷徨わせていると、ばたり、と何かの音がした。顔を向ければ森の少年が開け放たれたままの窓を閉めたようだ。
「……そろそろ、時間ではないのか」
 あっとエルザは声を上げる。時計を見れば、もう退室まで間もない。
「王子、王女、すいません。今日は失礼します」
「ええー」
 残念そうに王女が声を上げるのにすいません、と再度謝った。
 二人なら、明かしてもいいかもしれない。ちらりと思考に霞めてはいたし、エルザ自身も構わなかったのだが。
 何故だか森の少年が、黙っていろと言っているように感じられたのだ。

(やっぱり……良くなかったのかな)
 先日の件以来森の少年はいつも以上に寡黙になってしまっていた。おまけに用事ができた、と姿を現さないことも多くなっている。
 ほんの少しの不安と興味が、エルザの中で渦巻く。
(彼はもしかしたら、知っているのかもしれない)
 自分の不思議な力のようなものを。エルザ自身がこれを力と言っていいのか判らない程に、これがどういうものなのか、判断しかねているだけに聞いてみたいという興味がある。
 過去にクォークは、エルザの披露した力は軽々しく言い触らして良いものではないと忠言してくれた。それ以来エルザは誰かの前でこの力を使った事も、言った事もない。
(でも彼と話せば、僕がこの力を持つ理由が判るのかもしれない)
 ずっと気になっていた──言葉を使わない生き物と、心を通わせる能力を自分が何故持っているのか。
 けれど、話してくれるだろうか。森の少年もこの力を誰かに話す事を避ける素振りを見せた。なにか考え込むように口数が減り、時折視線が此処ではないどこかに向けられていた。
 ふいに、自分の両の掌を見つめる。
 自分は普通の人間だとエルザは思っていたし、今でも思っている。けれど時折思い出す様に、首を傾げてしまう話が持ち上がる。自分の事でもそうだし、故郷についてもだ。しかし様々な事について学ぶ前に故郷を失い、もう大分経ってしまっていた。
「……」
 ふ、と溜息が漏れる。此処に来てから、よく故郷の事を思い出す。さらに溜息をつこうとして、
「えいっ」
 ぷにっと頬をつつかれて、エルザは意識を目の前に戻した。頬に当たった指から辿ると、屈んでいるマナミアが見える。
「…えっと、なにしてるの?」
「ぼんやりなさってたようなので、前からやってみたかった事をやってみましたの」
「そ、そう」
 出会ったのは今年の春で、仲間になったのはつい最近の彼女は、まだ性格が掴めていない。反応に迷っているとうふふとマナミアが笑った。
「眠いんじゃありませんか、エルザさん? 一緒に部屋に戻ります?」
「まだ大丈夫だよ。それにマナミアは部屋が違うよね?」
「あら、子守唄くらいは歌えるんですよ?」
 完全なる子供扱いだ、空笑いしながら首を振る。
「いいよ、クォークもそろそろ帰ってくるだろうし」
 次の仕事の打ち合わせが長引いているらしい、珍しくクォークは夕飯時を過ぎても酒場に戻ってこなかった。先日エルザがようやく仕事に復帰した事で安堵したのだろう、というのがジャッカルの見解だ。
 だが心配性の彼のことだ、日付を跨ぐ前には戻るだろうとエルザは酒場で繕い物をしながら待っていた。
 ジャッカルとセイレンは顔見知りになった酒場の客や傭兵達と騒いでいるが、それも久し振りに見る光景だったりするのを思うと、本当に心配や迷惑ばかりかけてしまっているとまた溜息が出てしまう。そろそろ溜息の回数を減らしていきたい所だ。
「エルザ、ちょっといい?」
 声をかけられて振り向くと、マスターの娘が手を振って来た。
「この前貸した本あるでしょ? その中に確認したいのがあったんだけど、明日でもいいから持って来てくれない?」
「あ、全部読み終わったから返しても大丈夫だけど、今大丈夫?」
「ホールはあの一帯を除けば大分暇になったから、一人居なくても大丈夫でしょ」
 あの一帯というのはジャッカル達が騒いでいる所だ。
「シーツの替えを持っていかなきゃいけない部屋があるから、一緒に行こうかしら。
 そうだ、別の本、なにかいる?」
「うーん…今日借りると読んでしまいそうだから明日選ぼうかな。じゃあ…マナミア?」
「ご一緒しますわ」
「ありがとう」
「こっちもひとり連れてくるから、ちょっと待ってね」
 くるりと踵を返し、まずは奥の扉を潜っていった。そして戻って来た時にはシーツを片手に抱えていて、そのまま厨房を覗く、そしてそこからあの青年が出て来るのが見えた。彼が一緒に上へ行くようだ、そういえば今日は見かけなかった気がする。
「やあ、調子はどうかな」
「御陰さまで大分良くなりました」
 それは良かった、と青年は笑う。
「今日はいなかったみたいですが、別の仕事でも?」
「そ。さっき帰って来たばっかりさ。何処も人使いが荒くてね」
「その代わり調理の勉強とタダ飯食べさせてあげてるでしょーが」
 ぼす、とシーツを頭から被せて、いくわよ、と少女が二階への階段を上がっていく。青年はエルザと顔を見合わせて、肩をすくめながら少女の後を追っていった。
 四人で二階へ続く階段を上り踊り場へ辿り着く、警戒していた傭兵達の姿はなく少しばかりほっと息をついてそのまま左手奥の通路を歩き、エルザ達の部屋の前で少女は振り返った。
「じゃあ、ちょっと仕事してくるわ。戻ったらノックするからね」
「判った。急がなくても大丈夫だから」
 言葉を交わして別れ、エルザとマナミアは男性陣が使用する部屋へと入っていった。
 女性陣とは部屋が別の筈だが、セイレンもマナミアも用があると容赦なく入ってくる。なので今回は初ではないのだが、マナミアはきょろきょろと辺りを見回している。
「何時来ても綺麗にしていますのね」
「クォークは結構気にする方だけど、此処では僕がやってるんだ。……暇だったからね」
「まあ、エルザさんはいろいろと器用ですのね」
「ベッドメイクで器用とか言われるの初めてだな…」
 エルザの寝台の横に置かれた棚から本を取り出し、入り口近くの棚へ移動させる。その間もマナミアは部屋を見回している。
「何か珍しいものでも?」
「いえ…殿方の部屋に入るということを、以前は強く止められていたので」
「あ…ごめん、いやだった?」
 目をしばたたかせ、マナミアはエルザを見て笑った。
「いいえ。楽しいですわ」
「たの…しいかな」
「はい、とっても」
「そ、そっか…ならいいんだ」
 まだそう多くの会話をしたとは言えない。マナミアは未だ謎多き女性だった。
 マナミアだけではない、彼女よりも付き合いが長いセイレンやジャッカルに対しても、エルザは何かを知っている訳ではなかった。傭兵は自分の過去を多くは語らない者が多いし、詮索する事もしない。エルザも多くを語った事がない、下手をすると王子や王女の方が知っているのかもしれない。
 そんな傭兵の関係の保ち方に、時折無性に寂しさが募った。
 ふ、とエルザはため息をつく。
 だからといって寂しさを言葉にする事はエルザにはできない。エルザを懐に入れてくれた人間は、傭兵仲間はもうクォークしか居ない。
 もう、居ない。
 ぐん、と何かに引かれ、エルザは我に返った。マナミアの腕の中に頭を抱き込まれ、髪をさらりと撫でられている。
「ま、マナミア?」
「よしよし、やっぱりエルザさん、お疲れですわ。
 もうお休みになってください」
「だ、大丈夫だって」
「大丈夫じゃありませんわ。いいですかエルザさん、体力を取り戻している間はすぐに疲れるのは当たり前なのです。
 無理をしてすぐに私達と並ぼうなんてしないでください」
「マナミア」
「それでなくても何か案じていらっしゃるのでしょう? 身体に負担はいけません」
「…うん」
 よしよし、と髪を撫でる掌に、エルザは目を細めた。年はそう離れていない筈なのだが、成人として成長を終えている彼女の手は、どこか母を連想させた。癒しの力を扱うからだろうか、それとも子供がいたのだろうか。もしくは年の離れた兄弟?
 考えればいろいろと出てくるが、訊ねてみる事に戸惑いを覚える……覚えるようになってしまった。
 それが時々、酷く寂しかった。
 ぎ、と物音が聞こえて、エルザは無意識にその方向へと視線をやった。閉めていた筈の扉がわずかに開いていて、そこから二対の目が覗いている。
 瞠目して、がばりとエルザは上体を上げた。
「ああー見つかっちゃったー?」
「ちょ…な、ちょっ」
「あ、こっちおかまいなくー。続きどうぞどうぞお二人さん?」
「何莫迦な事言ってるんだよッ!」
 扉から姿を現したのは下に居る筈のセイレンとジャッカルだ。先ほどからエルザをからかっているのはセイレンで、ジャッカルはただ肩をすくめているだけだ。
「いっつのまにかぁ? 二人ともいなかったからぁ? 様子見に来たんだけどぉー。 お邪魔だった?」
「なんでそうなるのさっ!」
「いーのよーぅ? たまには甘えたってー」
 ほろ酔いどころかどろどろに酔っぱらっているセイレンがエルザの頭を撫でる。その仕草は、マナミアとはまた違う子供扱いの仕草で。
 顔が赤くなるのを感じて、エルザはその手から逃れるように歩き出した。棚の本を持ち出して部屋から出ようとする。
「おーい? 一人で行動すんなって」
「下行くだけだよっ」
「あーあ完全に拗ねちまった」
「あたしのせいかよ!」
 背後でそんなやりとりが続いていたが、無視してエルザは廊下へ出た。そのまま階段へ向けて歩いていると、ジャッカルが声をかけてくる。
「おぉい、真っ直ぐ下に行ってカウンターに居ろよ?」
「……判ってる」
 苦笑が聞こえたが、けれど追っては来ない。そのまま歩いて少しずつ仲間の声が聞こえなくなるごとにエルザの気持ちが落ち着きはじめた、その時だった。
 どん、と物音が聞こえてエルザは階段の手摺を掴みかけて止まった。自分達の部屋がある左手奥ではない、右手奥側の通路で音が聞こえた気がする。
「…ん?」
 何か白いものが見えて何と無しに近付いて見てみると、白いものは無造作に床に落ちているシーツだった。目の前には客室の扉、……わずかに中で声がする。この宿は冬に耐えられるよう一般的な建物よりも壁が厚く造られていて、御陰でセイレンやジャッカルの騒ぎに対するクレームが少なくて助かっているのだが、それでも音は漏れる。
 恐らく中に居るのは、マスターの娘とあの青年だ。何かトラブルでもと入りかけ、ジャッカルの言葉を思い出す。一瞬迷い、下へ伝えようと踵を返した直後、
 ばたん、と扉が背後で勢いよく開いた。
 振り向けば、中からまろびでる人影がひとつ。やはり宿屋の少女で、慌てて出て来たのが伺えた。そして追いかける様に陰が扉に手をかけて、ぴたりと止まる。
 同時に、エルザの身体が凍り付いた。
「…ああ」
 泥酔した面持ちがぐしゃりと歪んだ。
「こっちでいいか」
 声一つ上げる間もなく、腕を容赦なく掴まれ引き寄せられた。
 やめて、と少女の声を耳にかすめ、部屋に引き込まれたその視界の隅に倒れている青年ともうひとつのなにか──を認識する間もなく。
 扉が背部でばたん、と閉まるのを聞いた。





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