※がっつりユリエルです
※ベッドの上でぬるくイチャイチャしてるシーンがあるのでご注意ください…
※落ちは(まだ)ない




 冬が近づくにつれ、回復の兆しを見せていたエルザが体調を崩すようになった。
 目に見えた不良ではない、けれど陽が差す前に自然と目を覚ます彼が陽が上りカナンが起床しても目を覚まさなかったのは、それほどに消耗しているからと見て間違いないだろう。
 目を覚ました彼を強引に説き伏せ、部屋に軟禁状態にして数日。
 暫し刺激を与えるものに触れさせず、帷を開け放して日差しを部屋に差し込ませているものの、冬の光は弱々しい。
 火が煌々と燃える暖炉の傍に寄せられたソファにぐったりと寄りかかり、夢現としている様を見ているとユーリスは前の冬を思い出す。
 あの頃は言葉を失っていた、いまはまだ、声が出る。以前よりひどい訳ではない。
 だからこそ、時々氷水に浸かったように身体がふるえる。今日もそうだ、一通り用事を済ませエルザの軟禁部屋に来てみれば、彼は窓台で膝を抱えて外を見上げていた。窓の向こうは薄暗い空に、静かに舞い降りる雪。
「……エルザ」
 寄って声をかければ、彼は静かに振り返る。その表情は、やはり陰っていた。
「寒いと思ったら、雪が降ったんだな」
「初雪だよ」
「そうか…」
 そしてゆるりと首を窓に向け、しんしんと舞い降りる雪をまた見つめる。
「外はもっと、寒いんだろうな」
「そうだね、今年は冷え込みが強くなるかもって」
「…マナミアは、大丈夫なのか」
 無人島で植物の管理をしているマナミアはいまはほとんどルリ島にいない。その点はカナン達も此処最近の思案事項だったが。
「冬の渡航はやはり危険だし、備蓄も少ないから春までこっちに戻ってくるってさ」
 ぱっと振り返る、その表情が少しだけ明るい。
「戻ってくる?」
「そう、連絡があったって」
「そっか、ひさしぶりだな、マナミア……」
「エルザ」
 呼んで、腕を引く。
「ソファでも、ベッドでもいいから、ここから離れよう。寒くなってきた」
 目をしばたたかせ、それからエルザは気付いたらしい。ごめん、と彼は窓台から降りた。掴んだ袖生地が、冷えきっていた。
「街のみんなは、大丈夫かな」
「うん?」
「暖かくしているだろうか」
「してるんじゃない? 去年テント暮らしの人達は、大体みんな宿とってたし」
「…そうか」
「……エルザ、どうしたの」
 覗き込めば彼はひとつ間を置いて、ゆるりと微笑む。
「ちょっと……実感してるだけなんだ」
「何を」
「冬なんだなあって」
 冬、その言葉に何か含みがあるように感じた。
「……クォークと、」
 その名前を呼ぶとき、エルザは最近舌足らずな発音になる。
「小さい頃、まだ傭兵になる前にお金が貯まらなくて、冬の間大きな街を彷徨った事があるんだ」
 そして声は、段々と凍り付いていく。
「其処には俺達と同じ、家を持たない人達で溢れていた。俺達は辛うじて食べ物を買える余裕はあったけれど、彼らは街の片隅で只管餓えと寒さをしのいでいた。でも、寒さは容赦なく俺達を襲った」
 腕が震えはじめて、ユーリスは静止を込めて名を呼んだ、だが彼は止まらない。
「街角で震えるひとが、少しずつ震えなくなっていった。身体に雪が積もって、そこに人が居たなんて、判らなくなっていった。その隣で寒さを凌いでいた人がひとり、またひとりと、雪に埋もれていった」
「エルザ」
「ある時、腕を掴まれた。痩せこけた老人だった。」
 もう一度名を呼ぶが返事が返らない、聞こえていないのか。
「老人はやせた腕で俺を強く引き寄せて、俺の腕に噛み付こうとしたんだ。けれど服の上、しかも冬服だ、俺の腕には歯は届かなかった。だから、腕を引き千切ろうとしてきた」
 名を呼ぼうとして、声が出なかった。
 いつのことなのだろうかと、いま思った。
「……その老人を、クォークが、斬った」
 静かに、けれど切なる想いが、その言葉に籠められていた。
「初めてクォークが、只人を殺した。俺のせいだった」
「エルザ」
「どんなに飢えても盗んではいけない、剣を持たない人を無闇に傷つけてはいけない、そうクォークは俺に言った。
 クォークはどんな時も、世界と共に生きようとしていた。それを俺が踏み外させたんだ、俺が、」
「エルザ!」
 震える身体をかき抱いた。痩せてしまってはいたが、それでもユーリスよりも遥かに逞しい身体が、震えて縮こまっている。
「ユーリス、何故だろう。何故俺が生き残っているんだろう。どうしてクォークは、クォークが…っ」
 全てを言う前に、彼の身体を強く押した。不意を突かれた彼の身体は受け身もとれないままに寝台へと落ち、その上にユーリスが伸し掛かった事にはっと我に返ったようだったが、遅かった。
「ユー…」
 名前も呟かせず、口を塞いだ。びくりと震えた彼の身体は暫しの間硬直していが、舌が口内に入り込むとまたびくりと震え、もだえ始めた。
「…っ!」
 腕が身体を押してくるのを遮って、更に深く。身体の力が抜けきった頃に離れると、彼がふ、と息を吐いた。
 少しだけ微笑んで、また唇を重ねる。今度はゆっくり、至極やさしく舌を吸い上げていくと、ん、と抑えきれない声が彼から漏れた。
 唇をずらして耳元にキスをすると、身体がゆれる。
「ユ、リ…」
「静かに」
 肩から鎖骨、首筋へ指を辿らせる。身体に熱がこもり始めたのだろう、声をあまり上げたがらないエルザがぐっと口を閉じた。明後日の方向に流した目元が、潤み始めている。
 ああ、いけない。顔を近づけて、名を呼ぶ。
「エルザ」
 ちらりと視線がこちらを向く。それに微笑んでまた名を呼ぶ。
「大丈夫だから」
「…ユーリス」
 両手で頬を包んで、鼻先がぶつかるほどに近づく。
「いやだったら、言って」
「……俺は…」
「君がいやだったら、言って」
 そう言うと、彼は困ったように眉尻を下げる。そして否を言わないのだ。
 鼻先にキスをして、そのまま首筋に顔を埋めた。


 あの言葉を、聞かせてはいけなかったのだといまでも痛感する。
 グルグ族との争いが収束の体を見せ、ルリ島が復興へと向かおうとしていた最中、カナンの傍に伴侶として存在する事を良しとしなかった貴族にエルザは命を狙われた。
 ユーリス達が気付かぬ間に彼への攻撃は始まっていて、気付いた時には身体も心も弱り切っていた。それでもそこで留まれば、恐らく彼は皆の知らぬ間に様々な事を克服して、今頃は一人で立ち直っていただろう。
 ──何故、お前なのか。
 血溜まりを床に作りながら、朦朧とした表情でエルザは聞いていた。
 ──何故、彼が死んだのか。
 あの場に居た誰もが、相手が何を言おうとしているのかを理解するのが遅れた。
 ──何故、お前が生きているのか。
 そいつの口をふさげ、と叫んだのはジャッカルだった。けれどもう、何もかもが手遅れだった。
 ──おまえが、

 死ねば良かったのに。

 皮肉にも言葉通り、エルザは一度其処で死んでいるのだろう。


「ユーリス」
 呼ばれて、まどろんでいた意識が浮上した。目の前に亜麻色の髪が乱雑に流れているのが見えて、あの後意識を落としたエルザを抱えて休息をとることにしたのを思い出す。
 向かい合わせだった身体は、背から抱きしめている格好になっていた。彼はまわした腕に手を添えている。
「……ごめん」
 独り言のような声だ、と思って、独り言なのだと気付く。ユーリスが目を覚ましている事にエルザは気付いていないのだ。
 ぎゅう、と腕に力をいれてやれば、彼の身体はびくりと盛大に跳ねた。
「えっ、ちょ、ゆ、ユーリス?」
「なあにエルザ、足りなかったら言ってくれれば良かったのに」
「はあ!? だっ誰がそんなことっ」
 後頭部の生え際ぎりぎりに強く吸い付けば、ぎゃあ、とかわいげのない悲鳴が上がった。
「ユーリスッ!」
「冗談だよ。これ以上は君が本当に疲れてしまうだろうし」
 笑いながら、けれど腕は離さない。小さい頃からクォークや仲間に抱えられる事が日常的だったらしいエルザは、抱きしめられる事で相手に親近感を覚えるらしい。
 少しずつ彼の信頼を得て、将来的には彼が頼り切るようになるまで関係を近づけるつもりだが、先ほどの独り言は、少しばかり良い方向に行っているのかもしれない。
「僕に対して気にする事なんかないよ。
 クォークの事だって、君がしたいなら話したら良い。でも、自分自身を貶める言葉は、言ったらだめだ」
「……うん」
 素直に頷くようになって、微かに安堵する。ほんの少し前まで、この言葉に彼は頷けなかった。
「……でも、その」
 続いた言葉におや、と待っていると、彼はとても言い辛そうに続ける。
「…き、きみが…その、こんなことを…しなく、ても……」
 後ろから見ていても、首から上が真っ赤になっていくのが判った。くす、と笑って手を下に下ろし撫で上げると、エルザの肌が毛羽立つ。
「こんなことって、こんなこと?」
「ゆ、りすっ」
「これだけしておいて、まだ僕がいやいややってると思ってる?」
 空いた片手で腹筋の割れ目を辿ると、面白いくらい身体が跳ねる。そのまま指を這わせ、なぞり、すりあげていく。熱を帯び、汗ばんでいく背を舐めると声があがった。己の身体の奥にも、熱が疼き始めたのを自覚する。
「も…やらないって…ッ」
「君が、煽ってきたんだけど?」
「そん…う、く…っ」
 身を固くして、熱が弾けてしまうのを堪えている。その身体を覆うように被さって、肩にキスを送った。
「エルザ」
 もう彼の息づかいが限界だと告げている。そして己の呼吸も、そろそろ我慢がならないと。
「エルザ…ほしい?」
「そ…ういうことを、きくなっ…」
「そう?」
 言葉で遊ばれるのは好きではないらしい、声があがったので今後は控えることにしよう。ではどう聞けばいいのか、しばし考えて。
「僕は、ほしいな」
 虚をつかれたのか、エルザの身体が一瞬静止した。潤んだ目を上げて、視線が重なる。
「僕はエルザが、ほしいよ」
「……、…!」
 それまでも赤かったエルザの面持ちが、沸騰したかのように更に真っ赤になった。
「な……、ゆ……、……」
 はくはくと口が開いては閉じるだけだったが、暫くした後、ゆーりすのばか、と象った。
 ユーリスはそれを合意の合図だと思い込む事にした。





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まだ一応続いているんですが終わる気がしないのでとりあえず区切れるところで…
自分的にこれ表にあげるのはセーフなのかいまだに迷っています