がらん、と無機質な音が響いた。クォークが振り向くと、少し離れた場所でエルザが剣を落としていた、其処から動きがない。 「エルザ?」 呼べど、応えはない。左手を胸に当てて、じっと地面を睨みつけている。 隣にいたジャッカルと目を合わせて、エルザの下へと戻る。二人が目の前に来ても、エルザは微動だにしない。 流石に訝しんでクォークがエルザの肩に手をかけて揺すった。低くなった声色で問う。 「どうした」 恐る恐る、という感じにエルザは視線を上げる。その動作は何かに耐えている様で…けれど塞き止めていた何かが、其処で決壊した。 ふるり、とエルザが震えた。喉元で鈍い音がしていた。彼はゆっくりと俯く──それに倣う様に、赤い雫が口元からひとつ、垂れた。 「───っ」 ふるり、とまたひとつ震える。咄嗟に右手が口元を覆うも、指先を赤く染めて鮮血が零れ落ちて行く。左手が胸をかきむしる様に握りしめられ、膝の力が抜けたのか地へと崩れ落ちる。 「エルザ!」 その姿を見て、クォークが我に返った。倒れる所を辛うじて抱え、鈍い咳を繰り返す様になったエルザの身体を前のめりにさせる。覆った掌から血は零れ落ちて、地面にびしゃびしゃと音を立てた。 「エルザ…おいっ」 「ジャッカル、マナミアは何処だ」 膝をつきかけていたジャッカルに聞けば、彼はすぐさま身体を起す。 「セイレンと奥にいっちまってる、待ってろ、呼んで来る」 「急いでくれ。少しヤバそうだ」 頷いて、踵を返し駆けて行く。ジャッカルにしては珍しい全速力、彼も、エルザの状況を判っているのだろう。 エルザの咳は相変わらず続いている。それとともに流れる鮮血も増え、足下は既に血溜まりが出来上がっていた。泡混じりの、色鮮やかなあか。 ──喀血。 エルザは胸をかきむしる様に抑えていた、ということは気管の損傷だということが伺える。問題は原因が何なのかと言う事だが… (…何時だ。気管なら霧状か、何処かに蒔かれていた? だが俺達には症状が出ない。何が原因でダメージを受けている?) 一頻り吐ききったエルザは、身体を小刻みに震わせながら忙しなく呼吸を繰り返している。身体を支えているクォークの腕にしがみついてくる所を見ると、まだ体内の痛みがあるらしい。また咳をした。赤い血が垂れおちる。 「エルザ、もう少し我慢だ。」 震える背中を摩りながら言うも、聞いているかどうか。がらがらした呼吸を繰り返す音と上がってきた体温が、まだエルザが生きている事を知らせる。 「ク、ォ…」 かすれ声が耳に届く。出来るだけ近寄り、何だと応えた。 「ごめ、油断…」 「それは良い。どうした、何があった?」 弱々しく彼は首を振る。当事者も判らない? 「とつ、ぜん、息が…」 クォークの腕を掴むエルザの掌に力がこもった。ひゅ、と息を吸い、そして何度も咳き込む。 「判った、もう喋るな。直にマナミアがくる」 しかしそれにも、エルザは首を横に振った。 「エルザ?」 問いかける前に遠くから仲間の声が聞こえ、顔を上げる。地下空洞の向こう側から三人が走り寄って来た。 「クォークさん、エルザさんの容態は?」 「良くない、マナミア、頼む」 はい、と息を切らしながらマナミアが二人の目の前で跪いた。クォークの腕の中でぐったりとしているエルザに手をかざし、目を閉じる。彼女の掌の前に光の筋が現れ、球状をつくった。そして毛糸を解く様に一筋一筋、エルザの身体へと吸い込まれて行く。 「すっげー血吐いたなー。血足りなくなるんじゃねえ?」 「セイレン、少し黙ってろ」 相変わらずな口調のセイレンをクォークが嗜める。彼女は肩を竦めて、しかし大人しく口を閉じた。隣ではジャッカルが静かに見守っている。 きゅ、とマナミアの双眸が細められた。 「どうした」 「回復が遅いのです…血を吐いたのは気管の損傷が原因だと思うのですが、そのダメージだけでこの遅さは、異常です」 「つーことは、其処だけじゃないってことか」 ジャッカルの言葉に是とマナミアは頷く。 「これは、毒ですわ。」 ひゅ、と息を呑む音が複数。 「…で、でもよ、あたしらみんな、平気だぜ? 同じ敵相手にして、こいつだけ毒受けるっておかしくないか?」 「ええ。けれどそれ以外に考えられませんわ。気管を傷つけられるような攻撃方法を持っていた者がいましたか?」 そのマナミアの問いに、誰も答えられない。 「どのタイミングでかは判りませんが、エルザさんは毒を受けたんですわ。けれど気付かなかった。戦っていれば多少の痛みも苦しみも仕方ありませんものね。 気付かないまま毒は全身に回ってしまった。そして、毒は攻撃を始めた。 …恐らくは、身体中の至る所で」 無意識に、クォークの腕に力が篭った。それが伝わってなのか、ふと腕の中の熱が震える。エルザさん、とマナミアが呟く。 浅い息を繰り返しながら薄らとエルザの眼が開く。 「エルザ」 「エルザさん、大丈夫ですか?」 各々声をかければ、微かに頷く。ゆるゆると顔を上げて、群がる仲間達を見回した。 「…任務、は」 そして開口一番がそれだった。 ひとつ間を置いて、溜息が漏れる。 「お前、一言めがそれかよ…」 「でも…」 ジャッカルの呆れ声にエルザが反論しようとするも、咳き込んで止まる。 「エルザさん、無理はいけませんわ。魔法は毒を浄化できても体内の損傷は治し辛いのです、安静にしなければ」 「こりゃ医者にかからなきゃいけねーんじゃねえの? どうするんだよ、クォーク」 セイレンの言葉にクォークは一瞬考える、けれどこのままにはしておけないと判断して顔を上げ── 「置いて、いって」 途切れ途切れの言葉に、言葉を失った。 「みんな、任務、に」 「おい、何莫迦言ってんだ」 莫迦じゃない、息を切らせながら、エルザは反論する。 「終わらせないと、ふゆ、が」 「ふゆぅ?」 セイレンの問いに、けれどエルザがまた咳き込んだ。今度は少し長く、また血を吐いてしまう。 その憔悴した姿に荒々しく声をかけられなかったのか、息をひとつ付いてセイレンがクォークを見た。 「クォークに任せる。どーする」 言われるも、今度はクォークは即決することが出来なかった。暫し思案し、ジャッカルを見る。 「お前等はどう思う」 「俺ぇ? あー…正直エルザの話は判る。それを考えると、どうにかこの任務は完遂したい」 「マナミア」 「引き返す事を提案しますわ。恐らくエルザさんの容態は予想以上に酷い筈です、放っておけません。それに二手に別れてエルザさんをつれて戻れる戦力でもありません。どちらかが傾きますわ」 「セイレン」 「…あたしはあんたに聞いてんだぜ」 「皆の意見も聞いて判断す、」 る、と呟く前に、思い切り横腹を蹴られた。つま先がめり込み、痛みに一瞬息が詰まる。 「そんなんどうでもいい! あんたが! エルザを! どうしたいか言え!」 「セイレン、ちょい手加減しろよ。それじゃまず言葉が言えねえぞ」 「うっせえ! こいつがはぐらかすからいけないんだろッ」 ぎろり、と鋭い視線をセイレンが突き刺して来る。他の二人も、セイレンに呆れつつも何も言わない。クォークは顔を俯けた。腕の中に、血だらけになったエルザがいる。 …また血だらけに、なっている。 けれどあの時も、今も。まだ熱は失われていない。 エルザの身体に回していた腕を外し、背と膝裏を抱えた。そのまま持ち上げてみる。あの頃とは段違いに成長した身体だったが、それでも抱えれていられない訳ではない。 「クォ…」 エルザが顔を上げるが、クォークは視線を交えなかった。反らす様に仲間達に顔を向ける。 「任務の目的は達成した。戻るぞ、エルザを医師に見せる」 クォークの言葉に逸早く反応したのはセイレンだった。 「おっしゃあ! 先陣きってやるぜ!」 言いながらずんずんと進んでいくのを眺めながら、ジャッカルが肩を竦める。 「ま、仲間が欠けるよりは、だな。俺はしんがりを勤めるか」 そうですわ、とエルザの武器を抱えてマナミアが頷く。 「私はエルザさんに魔法をかけ続けます」 「頼む、マナミア」 そうして漸く、クォークはエルザに視線を向けた。 エルザは何か言いたそうに口を開けたが、諦めた様に口を閉じ、視線を下ろした。そして小さく、 「…矢に、気をつけ、て」 「? 矢だと?」 「多分、倒せて、いない…矢を扱う敵が、上から、」 ぐ、と息を詰まらせて、咳をする。 「セイレン! 頭上に気をつけろ、矢を扱う奴がいる!」 「はぁ? そんなんどこに居たんだ」 「判らん、だがエルザが応戦して倒せていない。相当手練だ、気をつけろ」 「りょーかい、見つけたらジャッカル頼むぜぇ!」 「俺頭上の敵当てんの苦手なんだけどなー…」 「しっかり、ジャッカルさん」 言いながら、道を戻り始める仲間達にクォークも続いた。腕の中で大人しくすることにしたらしい、エルザがクォークに体重を預けながらも、小さく、クォークに呟く。 クォークは目を細めて、けれど言葉は紡がず、抱える腕に力を込めた。 ---- 不意に思いついて書き残してみる。年末までちまちま出せたらなーと思う連作もの…だけど続くかなあ。 ■ |