※すいません兄貴分がだれだこいつってことになってます

レストマー11ディルク19くらい

 脇に抱えていた子供を下ろすと、子供は回れ右をして一目散に逃げ出そうとする。その腕を捕まえて阻止すると、彼は暫くじたばたと暴れた。けれど次第に動きが鈍り、最後には体力を使い切ったのか、肩で大きく息をしながら黙りこくる。こちらを向かない子供を見、ディルクは溜息を一つ、落とした。
 空いている片手を伸ばし、子供のもう片方の手首を掴む。引いて正面を向かせたが、子供は俯いて顔を上げない。ディルクは柵に寄りかかり、少しばかり屈んで目線を子供に合わせた。俯く灰色の髪の子供の名を呼ぶ。
「レストマー?」
 子供は、レストマーは応えない。頑な態度に一瞬諦めようかとも思うも、けれどこのままにしても埒があかない上に、これからどう対応していけばいいのかも判らない。聞くしかないか、と腹を据えた。
「そろそろ理由を教えてくれないと、こちらとしてもどうしたら良いのか判らない。村長に相談するしかなくなるぞ?」
「それは…っ」
「お前から、教えてくれないか? どうしてお前と、ジェイルとマリカ。三人が俺に掛かってくる様になったのか。」
 初めは村の外れで、見回りをしていた所に三人が現れた。まるで試合を始めるかの様に掛け声をあげ迫ってくるのに呆気にとられたものだ。それでも経験の差からあっさりと三人を伸すと、三人はそのまま風の様に去って行く。村に戻れば、いつもの様子で話しかけてくる。その時の事を聞こうとすると、逃げ出す。そしてまた人目の無い場所で襲撃に遭う。そんな事が二週間続いた。
 そんな事を始めた理由は、本当は判っている。数週間前に起きた賊騒ぎを、この子供達は目の当たりにした。人の命が失われる所も見ている、自分達の力の無さも、実感しているのだろう。
 けれど、まだ。まだ早いと、彼は思うのだが。
「…教えても」
 ぽつりと、子供が呟く。
「村長に、言うんだろ?」
「内容による、な」
「……本当は知ってんだろ」
 その問いには、答えない。判っていても、それが彼が思っている通りかは判らないからだ。この子供は本音も我が侭も言うが、それが他人に多大な負担や心労をかけるものとなると口を閉ざす癖がある。行動が伴ってない場合が多いので正直意味はないのだが、言葉で告げる事は、自分の願いを言う事は頑に拒否するのだ。そんな姿を見せる時、ディルクは根気よくレストマーと向き合う事にしている。子供が口に出せない本音を言えるのは、自分かシスカだけだと知っているからだ。
 迷惑とは思わないが、現在既に彼らに振り回されているディルクとしては、ちゃんと彼の理由を聞きたい所でもある。このままでは身動きが取れなさすぎる。それに何より、口を閉ざす事は、レストマー自身にも負担がかかる。それが特に、ディルクにとっては見逃せない事だった。
「…護り手は、どれくらいから入れる?」
 やはりそうか。得心しながらさあ、とディルクは返した。
「俺が入った年は知っているだろう? あの辺りからじゃないか、とは思うがな」
「でも、ディルクは護り手になる前から強かった」
「ジェイルと同じだ。親父も母さんも強かったらしいから、流れで訓練を受けていただけだ。」
 俺はどうなるか判らんが、と足して、更に屈み込んだ。額を突き合わして諭す様に名を呼ぶ。
「急がなくて、良いんだぞ。あと数年もしたら、何らかの形で必ず武器を持たなきゃいけなくなるんだ」
「…なら」
 小さく、子供が呟く。
「どうしたらいいんだよ」
「レストマー?」
「マリカが、」
 言いにくそうに、息を詰まらせて、それでもレストマーは続ける。
「夜中に飛び起きるんだ。夢を見たって、恐がる。ジェイルも見るんだ。マリカみたいに飛び起きないけど、寝た気がしないって。」
「…」
「俺も見る」
 俯いたまま告げる。その子供の脳裏には、何が蘇っているのだろう。
「見る度思う。俺は、守られるだけなのはもう嫌だ」
 握りしめているレストマーの両腕に力が入る。ぎゅう、と拳を握って、彼は顔を上げた。
「もう黙って見ているだけは、嫌だ」
 真剣なまなざしに、言葉が出て来なくなる。それはどう答えていいものか迷った末に、ディルクは明確に答える事を諦めた。
「……黙っていなかったのは何処の誰だったかな」
「やってみなきゃ、わかんなかったから。でも、結局何にも出来なかった」
 顔を顰めて、また俯く子供にディルクは呆れた。あれで何も出来なかったというのか。
「俺、もう、皆が…ディルクが大変な時に、黙ってみていたくないんだ」
 そう言い、黙り込んだレストマーに、ディルクは苦笑を浮かべた。本音を全て引き出してはいないだろうとは思うものの、隠していたものの一部は見えて来た。
 恐らくは、恐いのだろう。身近の人が、傷つき、命を落とす様をただ見る事になるかもしれないのが。マリカやシスカが危険な目にあって何も出来ない今の自分をもどかしく感じているのだろう。その思いには、ディルクも見覚えがあった。
 子供の腕を捕まえていた手をはなして、俯いている頭をくしゃくしゃに撫でた。そのまま頭を抱えて引き寄せる。最近は抱えると嫌がるのだが、今は抵抗も無い。ぐっと頭を肩に押し付けてくるのに、子供の背を叩いて宥めた。
「約束しただろう? お前の傍にいると。だから心配するな、そんなに焦らなくて良い。この村は、お前達は、俺達護り手で守るから」
 ひくりと、子供の身体が震えた。ほんの少しの間を置いて、服の裾を掴んでいた掌がゆるりと離れ、ディルクの胸板に触れた。そのままぐっと押して、彼から離れて行く。
「レストマー?」
 まだ繋がっている片腕に、酷く力が入っていた。ぎりぎりと拳を握りしめて震えてすら居る。
 声をかけようとした所に、掠れたうめき声にも似た音が聞こえた。
「…判ってる…」
 俯いている彼から、表情は読み取れない。
「判ってる、覚えてる。ディルクは約束してくれた。覚えてる。
 でも、でもそうじゃない…それだけじゃないだろ!」
 激昂と共に顔を上げたレストマーは、悲しいのか苦しいのか、憤っているのか判らない表情を浮かべていた。
「お前にとってはそうなのかもしれない、でも、でも俺は、守られるだけは嫌だ。
 俺は、お前の隣に居たい!」
「……――――」
 目が潤み始めて、子供は歯を食いしばった。繋がれた手を振り払って、今度こそ駆け出して行く。徐々に村へ向かう後ろ姿は小さくなり、そして見えなくなり、暫く経ってもディルクは身動きを取る事が出来なかった。
 柵に寄りかかったままずるずるとへたり込み、草の上に座り込む。 掌で、顔を覆い盛大に溜息をついた。苦笑を一つ落とす。
「…どれだけ鈍いんだ、俺は」
 呟いて、空を仰いだ。晴れ渡る大空が広がっている。耳の奥で、子供の言葉が反響していた。
 そうか、と独り言を漏らす。
「守りたいっていう勘定の中に、俺も入ってるのか…」
 口に出せば、鮮明に理解出来る。情けないやらむず痒いやらで、自分の頭を撫でながら眉に皺を寄せた。先の騒ぎでは余裕の無い所を見せてしまったから、不安を抱かせてしまったのだろう。まだまだだな、と首を振って、立ち上がる。
 そのまま村に戻る事も出来たが、暫し考え、見回りを兼ねて周囲を回る事にした。踵を返して、ゆるゆると歩き始める。
 恐らくはもう、彼を止める事は誰にも出来ないだろう。彼処まで彼が決めてしまっているのだ。押え付けるのは無理だろうという思いと同時に、その思いを尊重したい自分も居るな、と人ごとの様に考えた。
 けれど傭兵の母を持つジェイルはともかく、レストマーは誰にも武術を師事してもらっていない。出来るならば腕のある者に受けさせたい所だが、現状は正直無理だろう。村長であり養い親のラジムや、過保護なシスカは猛反対するに決まっている。だからこそ、レストマー達は誰にも言わなかったのだ。
 ラジムに介する前に子供達の声を聞こうとするのはシスカを除けばディルクだけだ。だからか、とディルクは漸く一連の子供達の行動に納得が行った。
 ではこの先どうするかと考えて、ディルクは腕を組んだ。刃物はまだ彼らに持たせたくない。しかし格闘は、ジェイルが母から学んでいる。変な癖はつけさせたくなかった。
 己が最も基礎を知っていて、彼らに教えてやれる事は。
 ひとつの事を思い出して、僅かに目を細めた。
「…そうだな、それにしよう」
 頷いて、見回りを再会した。




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ディルクの服をレストマーが真似たんじゃなくてそういう防具のつけかたなんですよ、と言い訳しておきます(…)防具はディルクから譲ってもらったって言う捏造設定故の服装なんですが。
過保護ディルクとディルクだいすきっこ(……)レストマー。うん、私のティアクラはこれを中心に回っております……なにも、なにもいわないで…(視線反らし)
ディルクを師事の相手に選んだのは書いた話の他に、公式であった村の中で一番強いから、というのも入ってます。ディルクは自覚がないらしい。多分。
うちのふたりはこんな感じのようです。レストマーは追い付きたい、隣に居たい。ディルクは守りたい。似通ってる様で全然違う考え方なので、その辺ですれ違いが生じたってことにしようかなあという強引な捏造予定です。
ちなみに前に描いた絵ではディルクさん髪長かったんですが、あれからここまでの間にレストマーとジェイルの悪戯で焦がされます。のでばっさり切った。という妄想です。
更に言えばこれはリウに会うちょっと前の話です。