※捏造甚だしいのでご注意ください……

森の中で

 目の前に倒れている人を見て、レストマーは一瞬計り兼ねて動けなかった。自分と恐らく同じ頃であろう少年の四肢がぴくりとも動かないのを見て、生きているのか生きていないのか、判断出来なかったのだ。
 何故其処で自分の身が動けなくなったのかも判らない。もしかしたら同じ年頃の少年が倒れているという事に、人の命の脆さを思い出した所為かもしれない。あれからまだ一年も経っていない、ジェイルですらいまだ夢に見るというあの日の事を思い出しかけて、
「…っ」
 少年の、微かな呻き声に我に返った。肩に担いだ袋を乱暴に放り投げて、彼の正面へ回り込み膝をつく。
「おい、聞こえるか! 俺の声が聞こえるか!」
 声をかければ、微かに身じろぐ。意識はある、声に反応する。あとは、と半ば混乱しながら兄貴分の青年から教わった事を必死で思い出す。
 身体の様子を見た。薄汚れている外套を纏っていてよく判らないが、右肩の後ろに斬られた痕がある。出血は既に治まっていて浅い傷だったようだが、この分だと何の処置もしていないだろう。医師に早く診せなければ、と仲間を呼ぶ為に顔を上げようとして、少年が何かを囁いているのに気付いた。
「…、…」
 小さくて聞こえない。耳を出来る限り近づけて、何を言っているのかを問う。
「何、何が言いたい?」
「…だれか…子供が…まだ…」
「何かに襲われたのか? お前、何処から来た?」
「…セーハの村…北東の、街道を、荷馬車で…二日…盗賊、が…」
 セーハは海岸沿いの村だ。其処から北東は、シトロへ向かう街道の筈。その道は馬を使って街道を沿っても五日はかかる、単純に考えると、彼はシトロの近くの森までこの身体のまま三日以上かけてその足で来た事になる。
 いろんな情報が一気に舞い込んで、ざっとレストマーは青ざめた。少年の身も心配だが、シトロに盗賊が近付いている可能性も高い事に身体の奥が冷えて行った。彼が襲われてから実際は何日経ったのか、盗賊は一体何処へ向かったのか――
「レストマー!」
「どうしたの、何かあったの?」
 呼ぶ声が聞こえてレストマーは顔を上げた。幼なじみ二人が彼と同じく薪にする枯れ枝を入れた袋を抱えて走り寄ってくる。
「ディルクは?」
「近くに居る、どうした? その少年は?」
「酷い傷…! レストマー、あんた救急道具持ってるでしょ。ちょっと貸して」
「あ、そうだ、俺が持ってたんだ」
「もー! で、ディルク呼んで、どうするの?」
 腰のベルトに備えていた鞄を幼なじみの一人、マリカに渡して、そうだ、とジェイルに顔を向ける。
「こいつ、盗賊に襲われたんだ。セーハの村から北東に向かう途中に」
「…セーハから? 不味いな、シトロ村に向かってる可能性がある」
「ああ。ディルクに早く知らせねえと」
「判った、俺が行く」
「頼んだ」
 薪を下ろして走り出す彼を見送って、少年の身体を調べているマリカを見た。
「どうだ?」
「酷い傷はないみたいね。骨折もなし、背の傷は見かけが酷いけどそんな深い訳じゃないわ。
 でも疲労が激しい。食事、ううん水すら暫く飲んでないんじゃないかな…」
 外套を払って見えた姿は確かにそう思える程に細かった。肌が見える部分は骨が浮き出ていて、この森まで来る間に相当体力を消耗させたのではないだろうか。
 懐を探る。今日は昼前に引き上げる予定だったので水筒を持って来ていない。今は第三の芽の月で辺りは冬の準備を始めた木と枯れ草のみだ。蜜が飲める花も咲いていない。川は近くに流れていない。マリカに尋ねるも、彼女も今日は持って来ていないようだ、首を横に振った。
 失敗したと顔を顰めるも、悔やんでいても仕方ないと気を取り直して応急処置の手伝いを行う。マリカが用意する消毒液で浸した布を、レストマーが傷の上に被せていく。痛みに呻く少年を宥めながら包帯を巻いていると、遠くから走ってくる人影に気付いた。顔を上げてみると、レストマーが信頼する青年の姿が見える。
「ディルク!」
 レストマーの声に応える様に彼の頭を撫でてから、踞る少年の様子を見る様に膝をついた。少年の身体を見て痛ましそうに顔を歪める。
「マリカ、様子はどうだ」
「命に関わる症状は今の所ないわ。でも暫く何も食べてなさそうなの…」
 マリカの言葉に、彼は腰に下げた水筒を取り出した。傷の痛みで朦朧としているらしい少年の口元に近づけて、唇を濡らす。反応を示すのを見て、少しずつ水を含ませてやった。
「大丈夫なのか?」
「現状ではどうにも判らないな。先生に早く診せた方が良いだろう。担いでも問題なさそうか?」
「うん、骨に異常はないみたい」
「そうか、判った」
 水を一通り飲み終えて肩の力を抜いた少年をディルクが起こそうとする。と、その手が止まった。どうした、とレストマーが問おうとした時、少年が何かを呟いているのが聞こえて口を閉ざす。三人で顔を寄せて、何かを訴えている少年の声を聞き取ろうとする。
「どうした? 何が言いたい?」
「…こどもが…」
 掠れた声で彼が言う。
「一緒に…逃げて…でも途中で…逸れて…」
 その言葉に、更にディルクの顔が歪む。レストマーはマリカと顔を見合わせた。森の中を横断して人里近くまで無事に辿り着く方が稀なのは、レストマーですら判る。危険なのは盗賊だけではない。魔物が其処彼処に徘徊しているし、不慣れな地形は大人でも危険なのだ。そんな中を彷徨い、逸れてしまっては、もう何処へ行ったのか知る術は皆無に等しい。一人はこうして見つける事が出来たのだが、更にもう一人も見つけるとなると、奇跡を待つのに近しいだろう。
「……判った。探してやる。だから心配すんな」
 けれど返す事が出来ないまま沈黙が続くかと思われた中で、レストマーは彼に応えた。ディルクとマリカが驚愕の表情を浮かべて顔を上げる。
「ちょっと、レストマー…!」
 小声でマリカが彼を咎めるが、レストマーは動じない。
「何だよ?」
「探すって、探すの? 本気?」
「本気じゃなかったら言わねえぞ?」
「――――…ああもう…」
「広いぞ、どうやって探すつもりだ」
「判んねえ。でも探す」
「…おいおい」
「こいつが心配だって言ってんだ。探してやんなきゃ。俺は動けるんだから」
「レストマー…」
 顔を上げて、レストマーがはっきりと告げるとマリカは困惑、ディルクは諦めの表情を浮かべた。二人ともレストマーの性格をこれでもかという程理解している為、二の句が継げなくなっている所に、また小さな声が聞こえた。
「…ごめん…」
 少年が謝ってくるのに、笑いながらレストマーは応える。
「何で謝るんだよ? 心配なんだろ、俺も同じ立場だったら心配だ。だから探すだけだろ」
「でも…ほんとは判ってる…見つかりっこない…」
「探してみなきゃわからねえだろ?」
 その時初めて、レストマーは少年の瞳の色を見た。うっすらとしか開かれていなかった瞼が見開いて、しっかりとレストマーの眼を見る。シトロではあまり見かけない緑の眼。若木の青々とした葉の色だ。その色に向かってレストマーは笑う。
「期待はあんましないで欲しいけどな。でも、探すよ」
 その言葉に、緑の瞳が揺らいだ。揺らぎは次第に雫になって、血色の悪い頬を伝っていく。
「…有り難う」
 そう呟いた少年の涙を、ディルクが拭った。やんわりとくしゃくしゃになった薄緑の髪を撫でる。
「村に移動する。動くと辛いだろうが、暫く我慢してくれ」
「すいません…」
 癖なのだろうか、謝ってくる少年の髪をディルクは何も言わず撫でて、身体を起こさせた。慌ててマリカとレストマーも援助に回る。外套を着せた少年を担いで立ち上がったディルクに次いでレストマーも立ち上がった。
「レストマー。悪いがジェイルが置いていった荷物を持っていってくれないか」
「良いけど、そういやジェイルは?」
「ロマさんが丁度来ていたんだ。一緒に村に知らせに行ってもらった」
「ロマさんが? じゃあ、セレンさん戻って来ているんだ」
 マリカの言葉にディルクは是と告げる。ジェイルと自分の分の荷物を拾い上げてレストマーがディルクに頷くと、彼も頷いた。
「タイミングが良すぎる。何か知っているかもしれない、急いで戻ろう」
「うん!」
「おう!」
 二人の応えを聞いて、ディルクは少年に負担をかけぬ様、出来るだけ静かに駆け出す。それに続いてマリカ、そしてレストマーも続いた。




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………という話を、まんがでかけたらなあ…と思って描いてみた絵なんですが。なんか小咄ついちゃった…。絵のパースがおかしいのは判ってるんでつっこまんといてください
元の地形を確認してないので、どうだったかなあと思いつつ、いろいろ不都合在ったらあとで直す予定です。
うちのリウはこんな出会いみたいです。これで公式が普通に出会いだったら目も当てられない…とガクガクしながら出してみる。