※4前提の1設定話です




 何の前触れもなく伸びて来た、その腕から先の革手袋に包まれた指にぎゅと両の頬をつままれて、そのまま捩られた。当然のごとく頬が伸びて痛い。
「…いっ、いたっ、いたたた…っいって、テッド!」
 つままれたまま喚いて、彼の両手をばしばしとたたくも彼はやめようとはしない。涙目になってきた所で、ようやく彼は手を離した。
「あーあ、真っ赤になったな」
「誰がやったんだよ」
 むっつりとした面持ちで睨み付ければ、何処かほっとした表情を浮かべる。それに黒髪の少年は目を瞬かせる。テッド、と呼んでみれば、彼は苦笑を浮かべて少年の頭をバンダナごとぐしぐしと撫で回した。
「な、なんだよっ」
「あのさ、レイ。もうちょっと我侭言ったって、良いと思うぜ、俺」
「え?」
 一瞬彼の言葉についていけず、目を瞬かせてから今迄の彼との言葉を思い出していく。
 初めは何気ない日々の出来事の会話で、それから自分の周囲の人間の話になった。クレオ、パーン、テオ、それにグレミオ。グレミオがとても過保護だという言葉から、あまり遠くへ行った事がない、城下町すらまともに見に行った事がない話に繋がり、何かを見に行く事に憧れを抱いている話になり、旅をしていたというテッドから話を聞こうとしたのだけれど。その時に、彼の手が伸びて、レイの頬を抓った。
 何か…気に触るような事でも言ってしまっただろうか。
 どきりと心臓が跳ねたが、彼を窺い見るととても気を害した面持ちには見えなかった。寧ろとても優しい…慈愛の篭った瞳が、あった。
「まあ、お前の家も、立場も、考えてしまえば我慢する事も必要かもしれないけど、でもお前まだ13なんだろ? んな時から家の体面なんて考えてたら勿体無いぜ。
 それにお前はテオ様みたいな人間になりたいんだろ?」
 問われて、迷わず頷くと、にかりと明るい笑みがテッドから零れた。
「なら尚更だ! いろんなもを今の内に見ておけよ。少しでも世界を知っておくと、後にいろんな事が判る」
「判るって?」
「いろいろだよ。ま、要するに俺がいいたいことはだな、育ち盛りのお坊っちゃんが家の中で閉じこもってんな、て事だよ」
 今度は両手で頭をかき混ぜられて、完全にバンダナがよれて外れた。結んだ口を外しながら唇を尖らせてレイはテッドを見上げる。
「ちょっと年が上だからって…」
「伊達に300年旅してませんから?」
 レイは吹き出した。よく言う彼の冗談だった。テッドもにっこりと笑い返すと、徐にレイの手を掴んだ。
「そうと決まったら即実行! 行くぜ」
「は? ど、何処に」
「決まってんだろ、お前が行きたがってる城下町って所だよ」
「……ええっ!? いや、あの、でも、ちょっと、」
「まーでも、初めてだしなあ。流石にグレミオさんには言った方がいいのかなー。でもグレミオさんの事だから付いていくって話になりそうだけど。ま、その辺はなんとかするか」
 独り言を堂々と呟きながら家の廊下を歩いていく、行き先はまだ彼がいるだろう、家の厨房。

 そして、数分後。二人は城下町へ足を向けて歩いていた。
(…凄かった…)
 グレミオのあの慌て様。持っていた包丁を取り落としたり(それは反射の良いレイが受け止めた)おろおろしたり泣いてテッドを止めようとしたり。テッドも気押され気味ではあったがそれでも外出許可を奪い取ったその粘り強さ。何より。
(テッドって、話術が上手いんだなあ)
 一人で生きると言ってもどんな場面でも現れるのが他人との交流、そこで重要になってくるのは言葉である事は十分判っていたけれど、あのグレミオの言葉をひらりと交わして誘導しながら目的へ辿り着けさせる、その巧みさに素直に感動した。
 いつかコツを聞いてみたいと思いながら、今隣にいる彼を見やる。
 今日は話術が上手いという事と、もうひとつ、意外な彼の一面を知った。
「どうした、レイ?」
 視線に気付いてテッドが話し掛けると、レイはうん、と頷いて言う。
「テッドって実は世話好きなんだなって思って」
「…ああ」
 目を瞬かせて、次に彼は苦笑を浮かべた。
「だって、いくらなんでもここまでしないだろう? 自分が行きたかったら一人で行けば良い話だしさ」
「まあなあ…それは俺も、ちょっとだけ自覚はしてる。
 それもあるんだけど、な」
「?」
 言葉を途切れさせて、テッドは目を細めた。そして視線をやや空へと向ける。
 其処には澄み切った空が一面に広がっていた。
「お前ってさ、時々何もかも諦めた様に笑う癖が自分にあるの、知ってたか」
「え、…… …そうなの?」
「そんなもんか、ま、わかるわけないよな。」
 笑い、視線をレイに向ける。…その目は、優しくて穏やかで、…ほんの少し、後悔の色を含めた瞳だった。
「昔の知り合いに、お前とおんなじように笑うヤツが居たんだ。ずっと気になってたんだけど、その時俺は何も出来なくて。
 ずっと最後迄その笑顔を持ったままだったな、あいつ」
「…後悔してるの?」
 少しな、と呟いて視線を落として、自嘲を浮かべる。けれどすぐに彼は顔を上げて、今度は真直ぐに空を見上げた。
「あの時俺は勇気がなくて、臆病だった。でももう負けないと決めたんだ。
 だからそうやって笑うお前を放っておきたくなかった」
 振り向いて、笑う。太陽の様なとても、とても力強い笑顔。
 ……強い、意志。
 突然彼の右手が、レイの左手を捕まえる。走り出す彼に引っ張られる様にレイもまた、走り出す。
「テッドっ。」
「行こうぜ、今日は行商の市場がある。いろんなものが見れるぞ」
 走る彼の先の風景が次第に変化して来る。並べ立てられた建物の合間で流れを作る人々、通りの一部に白い天幕が見えた、あれが行商達の市だろうか。
 目眩がした。動悸が激しくなって、頬に赤みが帯びて来る。走り疲れた訳ではない、体力はまだ十分にあるし、何よりも気分は先程よりも良い。
 早鐘が胸を打っている、目の前を走る彼が今振り向いたら、きっと目が煌めいている等とからかうのではないだろうか。
 憧れた場所、風景、少しずつ、近付いてくる。

 ──道が、開けたような気がした。

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レイ坊ちゃんとテッド、再開(テッドにとって)してからそんなに経っていない頃。
坊ちゃんはいいとこの人でお父さんが立派な人で、大人しいいい子だったんじゃないかなあと想像。だからいつも家の中に居て、でも外への憧れがあって。テッドがみのがせなかったというお話。うちの坊ちゃんはテッドが来てから悪戯好きになってます…でも相手がテッドという所からして、なんというか、やっぱり二人とも何処か大人びているんだろうなあとは思うんですが(いや、テッドは大人超えて爺さんですが)