: 静寂 「ポーラ」 呼べば静かに振り向く、視線だけでどうだと訊ねると、ポーラが頷いて来る。ゆるりと、テッドは幕の中へ潜り込んだ。 「元々耐性がありましたが応急処置も的確で早く、症状はそれほど酷くないそうです。胃を酷くやられたみたいなので二、三日は流動食、もしくは絶食で治療しなければならないみたいですが」 「…そうか」 天井から下がる洋灯の灯りの下に佇み、寝台に身体を沈める少年を見下ろす。露草の瞳を瞼で覆い隠し穏やかに眠るその面持ちはやや血色が悪かったが、それでも毒に内臓をやられ赤に塗れて蹲っていた時よりは大分良かった。 ふ、と小さく、安堵の息を付く。 速効性の強い毒を食らったにも関わらず、彼はまだ生を保っている。 「…慣れていると」 思い出す様にテッドは呟く。 「慣れていると、言ってた。…どういう事なのか、知ってるか」 視線を彼に向け、すぐに眠る人に戻す。暫し沈黙を重ねて、彼女は静かに言葉を発した。 「詳しくは判りません、ただ昔から耐性はあったと聞いています。 それを知られて、彼の居た館で暫しの間、毒味もやっていたそうです。何度か本当に当たって倒れたそうですが、スノウに倒れる場面を見られてしまい彼が激しく抗議してからはなくなったそうです」 「…」 隠すことなく顔を顰めた。僅かではあるが、彼が仕えていた家の状況は少しずつ耳にしていた。貴族が下の者の命など虫以下のものだと認識していることはそう珍しくないが、聞いて気持の良いものではないとは常に感じる。 「小間使いのやることじゃないだろうに…」 「表側のレッテルですね。それ以上の事を課されていた様です」 「…」 それ以上は踏み込む気にもならず、テッドは押し黙った。 どうどうと緩やかに、波が船端に当たる音がくぐもって伝わって来る。波に押され僅かに船が傾く度に、洋灯が揺れて音を立てる。 「そちらは、どうなりましたか」 沈黙を破って、ポーラが尋ねて来る。 「…クールークかと思ったんだが、どうやらクレイの人間だったらしい。捕える寸前に自害された。」 「根拠は?」 「少なくとも群島に遠征に来ている軍隊には、こんな卑怯な手を使う上官はいないとヘルムートが言っていた。俺は知らない」 「…そうですか」 沈黙がまた落ちる。耐えられない様に溜息を付いて、テッドはポーラに顔を向けた。 「ポーラ、交代する。少し休んで来い」 「大丈夫です、テッドの方が疲れているのではないですか」 「別に、後から追い掛けただけだ。疲れてなんかいない。お前は今迄ここに居たんだろう」 「はい。けれどそれまでも別に忙しくもありませんでしたし…」 「いいから」 ほんの少しだけ強く、言葉を放つ。視線だけだったのを、顔ごとテッドに向けて、ポーラは目を瞬かせた。ばつの悪そうに視線を反らすテッドの顔を見やる。 「…部屋でじっとなんかしてられないんだよ」 目を瞬かせながら、少しずつ言葉を咀嚼する。そして彼女にしては珍しい、苦笑いを浮かべて席を立った。 「では少しだけ、お言葉に甘えます」 「…ああ」 横に身体をずらしてポーラが通り過ぎるのを見送ってから、テッドは彼女が座っていた椅子に座り込んだ。背から声がかかってくる。 「先生は向いにいます。何かあったらそちらにお願いしますね」 「…目が醒めたらまず説教だろうけどな」 「胃を痛めているのですから、ほどほどにお願いします」 忘れかけていた事を突っ込まれ、む、とテッドは声を詰まらせた。 微かにポーラが笑ったのが聞こえた。 (絵板03、「吐血」の続きです) |
: 割 あ、と小さな声が聞こえる。 彼にしては珍しく焦ったような色を含めているのに振り返ると同時に。 はりんと、何かが割れる音が響いた。 それで部屋の中にいる皆が視線を向けた。視線の先にいるシーアは、足元を見下ろして呆然としている。 足元には、粉々になって散らばっている陶器の欠片が広がっていた。 「シーアさん?」 はっと、呼ばれて気付いた様に屈み込む。 「すいませ…ご、御免」 自分達ではない誰かに告げようとしたのか、一度言葉を止めて、再度謝って来る。一瞬首を傾げて傍観しそうになったが、慌てて同じく自分も屈み込み、散らばった破片を集めはじめる。 「アルド、いいよ。指が切れたら大変だから」 「それはシーアさんもです。」 困った様に一度こちらを見てから、口を閉ざしたシーアに苦笑しながら破片を集めて行く。 戸が動く音が聞こえて見てみれば丁度閉められる所だった。中に残っているのが自分とシーアと、顰めながら自分達を見ているテッドだけ。ならばポーラが部屋から出たのだろうと思う。細かい破片を集める為に用具を取りに行ったのだろう。 手で拾えるものを大体拾い終えた頃にポーラが戻って来た。やはり彼女は箒と塵取、それと破片を入れる袋を取に行ってた様だ。 「有難う」 「いいえ、手、大丈夫ですか」 こくりと頷いて、ざらざらと破片を袋に注ぐ。 「まだお茶を注いでなくて良かったですね」 「うん…でも、御免テッド」 突然声をかけられるも、憮然としたまま別にと彼は答える。それをどう受け止めたのか、萎縮して肩を窄めながら視線を下に落とした。 「…別に怒ってはいない」 「うん…」 軽く溜息を付くのに、更に俯き加減になる。本当に珍しい、彼にしては後ろ向きな様子に思わずポーラと視線を交わす。彼女も心配そうな色を乗せて合わせて来る。 暫し逡巡した後、箒に手を伸ばそうとした彼の手を遮って、アルドは言った。 「シーアさん、良いですよ、後は僕がやります」 言われた言葉に目を見開いて、シーアははっきりと首を横に振って否定した。 「そんなこと出来ない、手伝ってもらっておいて最後迄任すなんて…」 「でもシーアさん、疲れているみたいだから。 僕は全然元気だし、あとは箒で集めるくらいなら僕でも出来ます」 「アルド、でも」 「シーア、彼に頼みましょう」 言葉を止める様にポーラが口を開く。困惑気味にアルドとポーラを見て、でも、と再度言葉を告げようとして。 「シーア」 微かに強い口調で呼ばれたのに、ひくりと彼の身体が跳ねる。ゆるりと、首を動かして、彼が見た視線の先に自分も向ける。 先程迄椅子に座り其処から動かないテッドが、先と変わらない無表情で…それでも有無を言わせないよな気配を漂わせ、シーアを睨んでいた。 視線を彷徨わせ、立ちすくむシーアにテッドはそれから一言も声もかけない。数秒時間が経った後、諦めた様にシーアが息を吐く。御免、とアルドに一言残して、とぼとぼとテッドの方へ歩いて行った。座るよう引かれた椅子に肩を縮こませながら座り、横から差し出されたカップを恐る恐る受け取っている。 「飲んだら少し休め。どうせ部屋に戻ったら休めないんだろ」 「……」 しゅん、と項垂れるばかりのシーアに、テッドは再度溜息を付いた。 「眠れなかったなら眠れなかったと言えと言っただろう…」 「…ごめん」 「莫迦シーア」 「…」 呆れ混じりに盛大に溜息がテッドから漏れるのに思わずポーラを顔を見合わせて、アルドは苦笑を浮かべた。 (恐らくこの中で今日テッドのみパーティメンバーだったんだろうなー(なーってアンタ)。調子の悪そうなシーアを見てたから、あーやったなこの莫迦とか思っているのだと思われます) |
: 過去 何故 何故だ、 どうして。 葛藤が心にある。けれど身体は、その指は、刃を黒く塗り潰した矢に触れていた。 冥界の闇が目の前に広がっている。響く阿鼻叫喚、嘲笑う下卑た声。 (全部他人事だ) 通り過ぎればいい。その現実から眼を背けて逃げればいい。時を取り戻した今の身体なら、その内自分は死に至る。それまで眼を背ければ良い。安穏とした平穏に浸る事ができるのだ。 (それを望んでいた筈じゃないか) どうして自分がこんな事になってしまったのか。何処に向ければ良いのか判らない葛藤を幾度となく繰り返した。責めたい相手は当に居ない。自分にその重荷を押し付けた代償に命を失った。 形見だと思った。けれどなんて、忌々しい形見なのか。 冥界の闇が眼下で広がっている。逃げまどう者に容赦なく襲い掛かる闇。その闇を操り、狂った様に引き攣った顔で笑う男。 あの男の表情を、心を、自分はよく知っている。 もうすぐ七年…「あれ」を追い掛けて、時間が経つ。幾度か定位置に収まったかと思えば、辿り着く前に其処から消えた。自分が辿った所は何処も、何もない空っぽの器がいくつも地に横たわり、街からは全ての生が奪われていた。 止まらない惨劇、広がって行く悲劇、それをつくった最初の原因は自分だ。 (知るものか) 他人の事等どうでも良かった。他人が命を失う場面はもう見飽きているし、己がその命を奪った事も数知れない。矢で射る事もあれば、「あれ」に喰われた事もあれば、短剣で喉を切り裂いた事もある。だからそれはどうでも良かった。 「あれ」は自分が持っても誰が持っても、辿る運命は同じ。それ自体が不運の象徴で呪いなのだ。知られれば、誰からにも嫌煙される。非難を浴び謂れのない暴力を受けて道端に放り出されるのが落ちだ。あんなものを傍に置いておこうとする人間の方がおかしいのだと彼自身思っている。 そう、自分自身が一番、おかしいと。 矢摺に矢をかける。場所を知られぬ様、光を反射させぬ様に鏃を黒く塗り潰している。筈を弦に番えて引いた。きりきりと弦がささやかに音を立てる。 何故だ。心が疑問を抱いている。 離れたのだ、頑に自分から退こうとしなかった「あれ」が自分から離れてあの男へ移った。自分の油断から来たものであったとしても事実は変わらない。ならば自分は解放されたのだ、放っておけば良いだろうに。 きりきりと弦がなる。心がすうと、冷たくなる。 意識を過る、「あれ」を追い掛けて通り過ぎた街の数々。大人から子供、女も老人も、全て魂を抜き取られ抜け殻のみを残していた。無人の街、あの呪いが訪れる迄、どんな所だったのか。 『それでもいいんだ。少しでも一緒に、暮さないか』 過ぎ去った過去が片隅に顔を出す。 『お願いだから哀しい事をいわないで…』 『莫迦言うな! お前を独りにさせられるか!』 『たったひとつの心残りはあんたを残していく事くらいだ』 『私は絶対呪わない。君の事を呪わない』 『俺一人くらいお前の犠牲になったっていいだろ。俺がそう望んでるんだ』 『あんたが無事で良かった…』 『私は』 『私は、君と出会えて、君と居られて、良かったと思う』 ぎりと奥歯を噛み締めた。 そのまま狙いを付けて、彼は矢をその呪に向けて射った。 (霧の船の中って時が動いてないんですよね…? じゃあやっぱり、その時以外に紋章奪われた事があるってことだよなあと) |
: 心を閉ざしたひとと心に刃をもったひと だれかへむけるおもいがあるから むかってくるこころをはねのけたひとたち (右側は他ゲームのキッドさん…。私が描くこの二人が似すぎてどうしてくれようと思った一枚) |
: 館 ぱらら。 落ちる音がする。振り向いてみると、先程まで何もなかった机の上に本が開いてあった。その黄ばんだ羊皮紙の上を、赤い雫が落ちていく。 ぱらら。 顔を上げる、けれどそこには何もなく。ただ空から、赤い雫が前触れなく落ちていく。 「…警告?」 「だろうな」 顔を引き攣らせながら、彼は榛の瞳を注意深く四方に向けた。 「最悪だな、完全に読み違えた…これは俺達がどうにかするものでも、出来るものでもない。僧侶向けの仕事だ」 「姿が見えたら、物理的にどうにかなるんだけどね」 「そうじゃなさそうだ」 じわりじわりと、錆臭い匂いがにじり寄る様に近付いて来る。警戒しながら、少しずつ後退していく。 「館、出られると思う?」 「…今がまだ警告中なら部屋を出てすぐにあった窓から出られるだろう」 踵を返し、書斎らしき部屋の唯一の戸を開けて廊下へと躍り出る。 昏い、薄闇に包まれた通路。あった筈の窓は全て、壁に塗り潰されていた。 「……」 「通路があるだけ、まだ出られる余地は残しているのか」 「もしくは、逃げる余地を残していると見せ掛けて、追われる恐怖を俺達に植え付けようとしているか…」 ぱたり。 何かが落ちる音が聞こえて、同時に振り向く。床は何時の間にか、深紅の石で敷き詰められている。その上に先程本に落ちていたものと同じ、赤い雫が。 ふとその通路の先、仄暗い廊下からささやかな気配が浮かび上がる。 ひたり。 「…」 名を呼ばれ、彼は声に従ってちらと反対側の通路を見た。不思議な事に壁についていた松明が明を灯している。 「罠だと思うか?」 「だとしても、行くしか。僕でもあれは、やばいと思う」 ひたり。 近付いて来る。まだ暗闇の中にある存在、…多分複数。 「行くしかないか」 たん、と近付く気配に背を向けて、走り出す。気配もまた追い掛けて来る。 「破魔の紋章、どれぐらい効くだろうか」 「多分どんだけ効いても、きりがないと思うぞ」 「……だろうか、やっぱり」 背を軽く振り返って、やめとけばよかったと思う。釣られて振り返りそうになった相手に見るなと告げて、前を向いた。けれど前も、焦点が見えてしまう程長い道が続いている。 「こんな所で根比べか」 「…御免被りたい」 全くだと苦々しく返した。 (一度は描いてみたい館ホラーネタ。別設定だけど別に別設定じゃなくてもいけそうですね) |
: いっしょうのおねがい 「シーアッ、一生のお願いだ!」 夜に突然訪れたかと思えば、また突然彼は頭を下げた。 「………」 シーアはその事に眼を丸くするしかなかった。 「明日請負の仕事に行くんだろう!? 頼む、俺も連れて行ってくれこの通りっ」 頭を下げてその前に掌を合わせる──彼の頼み方のひとつをされて、いやあのとしどろもどろになりつつシーアは言葉を返す。 「別に頭下げなくたっていいのに…」 「本当かっ」 勢い良く顔を上げて見られるのに、多少引きながらこくりと頷くと、テッドが破顔してそのままがばりと抱きついて来た。ぐらりと姿勢が傾く。 「わっ」 「恩に着るっ。じゃあ明日、早朝かっ?」 「く、空陽のはじめ頃に」 「了解、んじゃ、明日なっ!」 そして踵を返し、そのまま走り去って行く。 「………」 嵐の様に現れ嵐の様に走り去って行った。彼を見送って、シーアは徐に、嵐と共にやってきて嵐を見送った少年に言葉を向けた。 「何が?」 「明日が仕事が休みって以外知らない、僕に何も言ってくれないんだ」 むつと不機嫌顔で返すレイ。……恐らく彼絡みの事を考えているのだろうと踏んだシーアは、これ以上は突っ込まない事にした。 「レイは」 「明日はどうしても抜け出せなくて」 「…そっか、残念」 「…ほんとに?」 僅かに期待をのせてくる声。笑って、シーアは是と答えたのに、少しだけ顔を赤らめた。 「いつかシーアやポーラと、また外に出たいね」 「そうだね」 (一生のお願いを言わせたかっただけ。空陽→6〜8時間帯の事。造語) |
: 強行軍 「…どうしたの?」 不思議そうに問いかけて来るのに、苛立たせながら言葉を返した。 「……船……出たばかりだから……ッ。んなはじめッから飛ばせる訳ないだろう……ッ」 「…あ。 す、すいません」 それ以前の問題でもあると思うが。 それでも素直に謝って来る軍主に、テッドは苛々しながら溜息をついた。 ……微かに隣で今日同行した者達が笑った気がする。 「すいません、じゃあ今日はもう船に戻りましょう。 ……あ」 不意に懐の中を探り、これだけ置いて行きますと言って走り去って行った。……どうしてまだ走れるのか。 テッドは初めて船に乗ってから彼に請われて同行した。自分の程度をもう一度ちゃんと見ておきたいと言い、はじめは訓練所で組み合い、それから宝探し(……何故軍主がそんな事をしているのかと問うてみたら、仲間がやりたいと言っているからと返り、んな奴仲間にするなとつい突っ込んだ)の為に無人島へ飛ばされ、宝を妙な針金で捜しつつ容赦なく襲い掛かって来るモンスター達を蹴散らし莫迦みたいに捜しまわった挙げ句ひとつ漸く見つけた所で今度は交易を見に行くと街をぐるぐると連れ回され荷物を持たされ陽が傾き西で茜色に染まりかけた頃にとうとうテッドは膝をついた。その時もまだ、軍主のシーアはなんて事もない顔で立っていた。そして先程また、軽い足取りで街へと潜り込んで行った。 「化け物かあいつは…っ」 「…いえ、今日はまだ、優しい方です…」 信じられなくて顔を向けた。黒髪の青年が同じくへばりながら、苦笑混じりで笑う。 「ポーラを御存じですか」 「…あの、エルフの」 そうですと彼は頷く。 「彼女がいると、更にその速度が増します。」 「…逆じゃないのか」 「違いますね、ポーラは彼のスピードに付いていけるつわものなので。」 「…」 そういえばと、彼は霧の船の二人を思い出した。大柄な男と共に素早く、そして的確にモンスターを落として行くシーアの後を彼女は顔色を変えず後を追いかけていた。自分でも攻撃を加えながら、回復迄サポートしているのを思い出すと、彼女の方が余程化け物なのではないかと思い直す。 「お前、苦労するぜえ? はじめてパーティに入った奴で此処迄付いて来るの中々いねえし。すげー今日のあいつ、動きやすそうにしてたからな」 石畳に遠慮なく転がっている青年からの言葉に顔を顰めた。…これが毎日続く事になるのかと思うと。 「ま、がんばれや」 にやりと笑われたのに、テッドは思わず睨み付けてしまう。はっと気付き、慌てて視線を反らす、至極なんでもないように、声色を落ち着かせながら声を出す。 「…別に」 反撃が返って来るとばかり思っていたらしい、肩透かしを食らったハーヴェイは、肩を竦めた。僅かにシグルドが苦笑したのが聞こえたが、テッドはそれから彼等を見なかった。 (海賊好きなんだけども、描くネタが…) |