華の下で
: 華












じょそうばなし
: なにごと?
 軽やかに、いつも通りの様子で近付いて来るその姿に。
 がっつり。
 テッドは蹴りを入れた。綺麗に吹っ飛んだその姿を見下ろして、一喝。
「……何をやってるんだお前はッ!」

「い、痛いよテッド君…」
「うるさい黙れ人の質問に答えろ」
 ゆらゆらと背後に黒い影を揺らめかせながら仁王立ちするテッドに蹴り倒されたひらひらと何枚もの薄い布を重ねた服を着込んだ青年…アルドはがくりと肩を落とした。
 わなわなと震えるテッドの後ろでは、シーアは呆然と立ち竦んでいる。テッドにしてもシーアにしても、視線はただただアルドに向けられていた。というよりは、彼の服装に。
 いつもの服とは違う、一体何処から持って来たのかと思う程きらびやかな…それでもラインバッハよりも質素ではある、ガイエン寄りの服、というよりは、ドレス、というよりは、
 女性ものの。
「…アル、ド? ねえ、それ…」
 喉をからからにしながらようようシーアが呟くと、はっと気付いてアルドの視線が下がる、頬を赤らめながら苦笑いする所を見ると、どうやら彼も本当は好きでやっているわけではなさそうだ。
「あー、うん。女の子達に」
「着せられたってのかよ」
「そう。…というよりは、回り、気付かない?」
 眉を寄せながらテッドは周囲を見回す、シーアもつられて周囲を見回してみる。
 宴会場と化したナディシアの甲板は、船に乗り込む仲間と、オベルの人達でごった返している。皆それぞれカップや料理ののった皿を持って、それぞれ楽しそうに騒いでいるのは先程迄の風景。
 けれど二人は、その中に異様なものがぽつりぽつりと表れているのに気付く。
 不意に大柄な姿が横切って、二人は硬直した。その顔は見覚えのある骨張った、この国の王そのものだったというのに。
「お、ようシーア、それにテッドも一緒か」
 視線に気付いてにやりと笑う。声も確かにオベル王、リノの声だ。けれど首から下が一変していた。
 王らしからぬ軽装をしていた筈のその人は今、全身を淡い桜色の服に身を包み、レースをふんだんに使われたスカートを引き摺っている。頭もまた可愛らしいレースで装飾された帽子を被っていた。サイズはどうあれ、明らかに女物の服。
「リノ、さん? その格好は…」
「ん? ……ああ、いや、まあ、……無礼講なんざ言っちまったからな。
 ま、ひとつの余興だと思って、巻き込まれたら妥協してやってくれ」
 肩に手を置かれ、説得される様に告げられるが一言も発する事が出来ず、じゃあなとそのまま通り過ぎて行く王を止める事も出来なかった。
『………………………‥‥‥…‥‥』
 しばし、沈黙後。
「アルド」
「王様の言った通りだよ、女の子達が男の人を引きずり込んで、遊んでるんだ」
『………』
「しかも明日迄服を返してくれないんだ。困ったよ…ひとつだけ今日返してもらえる方法は、あるんだけど」
「方法って──」

「…居た」

 ドスのきいた低い声が響く。振り返れば、これまた体格の良い人間が佇んでいる。頭から足先迄殆どを黒いローブで…それでも身体の線にあわせて詰められているので、霧の船でテッドが着ていたものとは似て非なるものだが…包み込んだ"男"が、俯かせていた顔をゆるゆると上げた。頬に傷を持った、癖のある髪を持っている筈の──
「…、…、ハー、…」
 最早言葉にも出来ない。口をはくはくとするシーアの顔は真っ青だった。隣のテッドも血の気を引いて、引き気味になっている。
 にやりと、ハーヴェイは笑った。
「喜べヘルムート、二人いるぜ」
「ヘルム…?」
 名を全て紡ぎ終える前に、するりとハーヴェイの隣から人が現われる。
『…………ッ!?』
 声ない絶叫が二人の口から出た。かもしれない。ヘルムート、と呼ばれた青年は確かにヘルムートだった。化粧を施されていたが顔に面影が見える。けれど姿はスリットの入った紺のカクテルドレスを纏っていた。肩も首も丸出しで、厳つい身体を無理矢理ドレスに突っ込んだ感が否めなかったが、似合わないという風でもなく…だが異様だった。
 いつもは醸し出さぬ闘志を漂わせながら、彼はぎらりと瞳を光らせた。
「好きにして構わぬとは言った。だがそれは戦の話」
 凛とした声、大真面目な、真剣な。
「余興とも言われた。……ならば全力で楽しませてもらおう」
「そうこなくっちゃな」
 僅かに鋭さを乗せて、ハーヴェイが答える。
 その二人を前に、身体を凍らせて動かないテッドとシーアに、後ろからぽつりとアルドは呟いた。
「服を返してもらう方法は、次の「犠牲」を連れて行く事。
 ……いやだったら、逃げた方が良いよ」
 間を置かず、百八十度反転脇目も振らず全力疾走。
「だーーーーーーッ逃げるなコラーーーー!!!」
「すまない、だが、だがおれは………!」
 それぞれの言葉を叫びながら、風が通り過ぎて行った。
 風が納まった後に残ったのは、小さくがんばれとエールを送るアルドの姿だけだった。

(元ネタは銀○伝漫画番より。私が必ず描きたくなる話 笑)












とおいどこかまで
: 旅人












にじみこむ
: 現実の狭間に
とある方の絵に触発されてるのが一目瞭然(すいませ…)












ヴェネツィア風味
: みずのながれのままに












シーア
: ひたはしる
止まることはない