: 悔 「恥ずかしい話だけど」 切り出したレイの声が僅かに自嘲を混ぜていた。シーアはそれに首を傾げて、それでも彼の言葉を待つ。 「テッドがやってくる前迄、全然外の事って判らなかったんだ。昔誘拐された事もあって皆酷くそういう事には煩くて、…僕も微かには覚えていたからきっと恐怖もあったんだと思う。 誰かに付き添って出て行く以外は、滅多に出なかった。人の多い所とか、逆に少ない裏通りとか、危ないからっていけなくて。あの帝都の裏側なんて、知らなかったんだ。 ……そんな何も知らない子供の侭軍の人間になろうとしたんだ。最低だよね」 語尾が甘えて来る様に、自分に問いかける様に紡がれる。それは今は滅多に聞こえなくなった彼本来の口調。静かに笑って答えながら、少年を哀れに思った。目の当たりにした彼の変化は、シーアの中ではけして成長とは思えなかったからだ。 「外に出してくれたのはテッドだった。テッドが僕の手を引いて、いろんな所へ連れて行ってくれた。保護者ぶって、でも対等に並んで、一緒に歩いてくれた。 沢山知らなかった事を知った。街の事、其処に住む人達の事、この国に生きる人達の事、明るい所を沢山見た。…けど同時に、暗い所も見た。 …はじめて、その時やっとはじめて。あの国の闇の部分を見たんだ。」 言葉が途切れ、彼は俯いた。シーアはただ、じっと待つ。 「……その時にやっと思う様になった。本当の意味での自分の立場、自分の役目。僕がこれから国の為に、国に生きる人達の為に何を為すべきなのか。正直な所考えはじめるのが遅いと思った。でもテッドは、気付いたならいいって言ってくれた。 物事の全ては一人で、早急にできる訳なんかない。少しずつやっていけばいいって。 …だけど、けして目を背けるなって。」 微かに肩が震え始める。けれど声は必死に、気丈に凛としたまま。 「テッドに、沢山のものを教えてもらった…沢山貰ったんだ。大切な事。 真剣な物事も、そうじゃないものも。時々国の事を考えるのに付き合ってくれたり、一緒にただ遊んで、笑っていたり。 僕がしたいと思う事に、ずっと付き合ってくれた…感謝したって足りない… でも、…でも僕は、彼に何もあげてない… …あげられなかった……ッ」 必死に耐えていたが、とうとう耐え切れずレイは顔を俯ける。目の前で風に流されて消えて行った彼の姿を思い出す。最後迄笑っていた彼、三百年の孤独と、紋章を狙われ続ける恐怖を持ちながら、最後迄自分の為に笑っていた親友。 与えられるばかりで、最後迄結局は──。 目の奥が熱くなり、じわりと雫が溢れて来る。今更な感情だと思いながら拭おうとして。 ふわりと、頬に暖かいものが触れる。暖かいものに導かれてゆるりと顔を上げる、其処にあったのは静かに、風のない湖の様に静かに、柔らかく笑う彼の姿。 「大丈夫」 その声色は、言葉をとても柔らかく自分の中に入り込ませる。 「君は彼に沢山のものを渡した。自信を持って良い。 テッドにあの笑顔を与えたのは、誰でもない君だけなのだから。 三百年の孤独を全て吹き飛ばして彼は笑っていた、明るくあれた。 ……それは間違いなくレイの力だ」 (1、シークの谷以降の二人の会話。うちのレイ坊ちゃんは甘ったれだったので、国の事を気付かせてくれたのはテッドだったらいいなあというお話。 そしてシーアは紋章が紋章なだけに、こんな風に誰かの声を聞いて、それでいて許しを与えて欲しいなと思うのです) |
: 傷 傷だらけなシーアとちょっと怒り気味のポーラ |
: ぶちぎれ きっとうちのシーアは食えないんじゃなくて食べる事を疎かにするんだろうなーとか。きっと部屋で食べたりすると食べる事を忘れて仕事に没頭して結局食べないまま次の仕事の為に部屋出ていったりとか(残した分はきっと猫とか他の大食いな誰かにあげてしまうとか)してしまうんじゃないかなあーと。 見兼ねたテッドさんがちゃんと食えと注意するんだけど、やっぱり忘れる。多分十回以上やらかして、ぶつーんとなったらしいところ。 テッドさんはきっと自分の健康管理はしっかりしているんだろうな…まあ150年も生きていれば、きっと三日四日食わなくても大丈夫だろうし。自分の限界は判ってるだろうし。シーアはその辺はまだわからなさそうだしなー。 とかかいてた板。 |
: 願 それはきっと、心の底からの、彼の願い 「死ぬな」 ぽつりと、言葉が呟かれる。 「頼むから俺の前で死ぬな。お前の紋章の所為であっても、そうじゃなくても。 …頼むから、俺の前では」 顔を俯かせて吐かれる言葉は、聞いた事があまりない、感情の篭った声色で紡がれた。願うような、縋るような、そんな色のもの。 「俺に届かない何処かでならいい。行方不明でも良い。とにかくお前が何処かで命を落としたなんて事実だけは…聞きたくない」 それには流石にシーアは目を丸くする。顔を上げないテッドを横から見つめて、ふと笑みがこぼれる。 「…無茶と言うか。とんでもない頼みだね、それ」 「…」 「でも、テッドが其処迄言うのなら頑張ってみるよ。 …死なない様に、死んでもそう判らない様に、生きているのか死んでいるのかすら判らない様にしてみる」 「…すまない」 別に、とからりと笑うシーアに、ようようテッドが顔を上げる。不謹慎な話の筈なのに、彼は変わらず笑いかけている。 稀に見る、見愡れる程の笑顔。それは太陽のような…日溜まりにいるような、暖かさを与える笑みだった。 「大丈夫だと、思うけれどね」 「──え」 「僕が居なくても、テッドは生きていけると僕は思っている」 「何を根拠に」 「だって」 にこ、と彼が笑う。本当に笑う彼を、こんなにも長く見ているのは珍しい。それ程…うれしいのだろうか。 「テッドはちゃんと歩けるから。たとえ目の前が…足元が暗闇でも、君は何処へでも行ける」 (「俺に構うな」以外の頼みだったので、嬉しかったらしい) |
: 霧 ただ、異なる闇に捕まっただけ 「貴方の…その真の紋章の呪い、 『何故自分だけ?』という気になりませんか…」 「…ならなくもない。けれど、誰かに渡るくらいなら、僕が持っていた方がいい」 「…紋章の所為で、失ったものも、多いでしょう」 「…あるよ。沢山あり過ぎて、まだあの時の事はちゃんと思い出せない。 けれど逃げていてはいけないし、それに… ──得るものだってあった、と思う」 「船長、御気遣いくださり、有り難うございます。けれど貴方の話には乗れない。 皆が…貴方がどう思うとしても、僕はこの紋章を持つ事を拒否していないからだ。 ……貴方の都合なんて知った事か」 「…俺も、この船を降りる」 (いつか書けたら良いと思いつつ) |
: なくしたもの けれどそばにあるもの 後悔と懺悔と、求める気持が、行く当てもなく溢れていくばかりで |
: 痣 渦巻く海を現したような、不思議な、…それでいて不気味な紋様 「罰の紋章…」 紡がれた単語は、記憶の片隅にある過去を思い出させた。遠い南の国の古い歴史、群島諸国を成立させた戦争。 ……テッドが唯一、荷の中に大事にいれていた、書物達。 「群島の…悲劇の、英雄…」 「…そうか、外にはそんな風に広まっていたんだ」 誇張しすぎだと、シーアは苦笑いを浮かべる。 「…本当に」 「一応、これでも百五十年以上は生きているよ。…でも皆知らない事だから、よく若造と言われるのだけど」 この外見だからねと笑う。それは確かに、成人になる少し前の面持ちで、その姿のまま、ずっと、百五十年。 「…さみしく、なかった?」 不意に出て来てしまった言葉に、彼は表情をなくす。慌ててレイは取り繕うと言葉を探す。 「あ、いや、そうじゃなくて、ポーラさんもいたけれどっ、でもやっぱり人よりも長生きして、その…」 言いかけたところで、それは言ってはいけないことだと気付いて言葉を詰まらせ、以降言葉が出て来なくなる。 どうすればいいと汗を流しながら考え倦ねていると…そっと笑う声が聞こえて来る。 「……本当に、レイがテッドの親友で良かった」 「…え」 「有難う。僕は、大丈夫だよ。確かに親しい人達を沢山見取ったけれど、それは辛い事だったけれど、僕にはポーラがいてくれたから。 それに今こうして、レイに会えているしね。」 「シーア…」 やんわりと笑う。静かな静かな、大人びた笑み。何処か悟ったような面持ちになるそれは、時折テッドも見せていた。胸の中に不安が広がっていく。 「テッドも…そうなの?」 「…」 「あいつも、テッドも…何か真の紋章を…?」 「それは、どうだろう…僕が答えられる所じゃないよ。 君によく言うあの冗談が実は本当なのかもしれないし、本当に嘘なのかもしれない。それは僕が答えられる所ではない。」 微かに俯いて、そうだと心で呟く。本当だったとしても、嘘であっても、こんなものをそう簡単に口にする事は出来ないだろう。増してや尋ねて見たのは本当に真の紋章を抱える人間。きっと自分には判らぬ辛さや苦労を持っている。もしテッドも同じ苦労を持っているのだとしたら、尚更それを彼が勝手に口にする事はないだろう。恥ずかしい事を聞いてしまった。 俯いたまま黙り込むレイに、シーアは柔らかく声をかける。 「でも、彼が何かを隠していると言う事は、事実だ。」 「隠している…」 「人間って、生きていれば誰にも言えない事のひとつやふたつ、あるものだろう? そういうものだよ。 …けれどレイなら、もしかしたら」 面持ちを上げてシーアを見上げるのに、彼は笑って頭を撫でる。 「大事なのは、告げて来てくれた時に如何なる事であろうとも、受け入れようとする事だ。…レイなら大丈夫だと思うけどね」 「そう、だろうか…」 「少なくとも僕はね。この紋章を持っていると知って奇異の目で見られなかったのも恐怖に彩られなかったのも、君のような年でははじめてだと思う」 「──えっ」 年長者は意外にずっしり構えて受け入れてくれる人がいたけど、と呟きながら、目を見開いたレイに笑いかける。 「そうだ、君に紋章を見せた事、秘密にしておいてほしいんだけど」 「は、え?」 「ポーラとテッドに。二人とも僕のこれを知っていて……そして僕以上にこれについて煩いんだ。もしレイに見せたなんて言ったらきっと大目玉だ。だから暫くは…ばれるまで、二人だけの秘密で」 お願い、と両手を合わせて頭を下げられて、レイは目を瞬かせる。 先程ほんの一瞬──彼がとても年上の人間なのだと知った時、実はほんの少しだけ見方が変わった。それは悪い意味ではなく、ほぼ敬わなくてはいけないのだろうかと…遠い存在に思えたのだが。 そうではない。 それはきっとシーアも、持っていたらと仮定しての、あいつも。それを望んでいるのではないのだ。 「…じゃあばれたらばらした方が罰ゲームってことで」 「………えっ。」 見た事もない、虚をつかれた様に顔が崩れる。 してやった。 レイは笑う、そして慌て始めるシーアを連れて部屋を出る。 待つしかない。いつか告げてくれる日迄。 けれどその日はきっと近いと予感はしていた、だから、覚悟をきめる。 どんな事になろうとも、自分は彼を受け入れよう。 (はじまりは、レイがシーアにテッドの事について相談をしたのがきっかけであります。うちのレイ、かすかにテッドの不変については気付いています。つうか多分皆気付いている。けれどそれを口にしなかったんだろうなあ……良い人達希望<マクドール家 国(ウィンディ)にばれなかったらテオ様にテッド匿ってほしかったなーとか。妄想がもくもく。 はじめレイは罰の紋章は魔法は見た事あるけど存在は知らない予定だったんだけどな……あれー?忘れてた…(がくがく)) (…なんて書いた板。いつかちゃんと短編にまとめられたらいいなあ…) |