老婆とシーア
: 老婆と少年
「道は、ひとの足では随分と果てないものだな」
 嗄れた声で老婆が、言った。
「この道を私の足で歩き抜く事なんて、無理なのだろう。
 …年寄るのは嫌だな。行かなきゃならないのに、動かないなんて」
「…」
 少年は沈黙のまま。けれど伝わって来る雰囲気は、とても、とても柔らかいもので。老女は振り返った。
「悪いね、シーア。こんな事に付き合わせてしまって」
「…いえ」
 柔らかく、けれど瞳に宿る意思は強く灯しながら笑う彼に老婆は手を伸ばす、外套の中に手を差し込んで、皺が寄る事のない顳かみを摩り、其処から頬へと撫でていく。
 幼い面立ち、まだ、青年になる前の顔つきをしている。なのに彼はもう、老女よりも五十年以上も命を保ち続けている。身体に不自由を感じない年頃というのが唯一の救いだろうかとも思うが、それでも。
 それで、も。
 指先から伝わる暖かさ。寂しさ、哀しさ、不安と、孤独と、苦しみと、恐れと、虚無に近い絶望。そして、
 それでもと立ち上がる意思を秘めた、星の瞬き。
 昏く赤黒い闇に付き纏われながら闇ごと歩みを進める。必死に、必死に、己の命の灯火を宿し続ける為に。
 その姿に素直に惹かれた、彼の後を付いて行ってみようと思って、協力してくれと口説いた。暫しの間老体に鞭を打って彼等と行動を共にして来た、自分でも思わなかった程長く続いたが。
 もうすぐ、終る。
 後少しだけでも、彼等を見守っていたかったが。仕方ない。
「もう少しだけ、付き合ってくれ」
「…はい」
 何も言わず、詳しい事を聞かず、微笑んで、是と答える。
「…ちょっとは疑うって事を覚えた方がいいんじゃないかい」
 素直な答えに呆れて声を上げると、困った様に彼が呻く。
「すいません。その…」
「なんだい」
「……似ていたので、ちょっと」
 片眉を上げて、じろりと睨みあげる。それが次を促しているという事は彼も判っていて、苦笑いをする。
 さらさらと木々がざわめく中で、ふと、彼の瞳が虚ろにぼやける。
「昔、信頼して全てを預けた、女性に」

(着実にこの方のお話が練り上がってます。が、書くのかな…)












血を吐くシーア
: 吐血
 ぱららっ。
 そんな、軽い音だった。なんだろうと無意識に振り返り――声を失う。
 其処に在ったのは、口から血を溢れ出して呆然と佇むシーアの姿だった。
「シーアッ!」
 驚いた事に凍った空間の中で最も早く行動を示したのは、常ならば無愛想に人を撥ね除けるテッドだった。蹌踉けて壁に寄り掛かり、ずるりと落ちていくシーアへと駆け寄り、咳と共に深紅の血を落としていく彼の前で膝を折る。彼の周囲を見渡し、ひとつのものを見つけ、眉を潜める。
「…っ。なあ、近くに喫茶があった筈だよな。
 其処で水か、出来るなら牛乳を貰って来てくれっ」
 冷静な、それでも彼らしくもなく張り詰めた声で漸く事態に気付き駆け寄る途中だった仲間に言葉を向ける。仲間の殆どがその言葉を理解出来ず戸惑ったが、その中の一人だけ…シグルドが意を理解し、頷いて踵を返し走り出す。
「シーア、シーアっ」
 狼狽した様子でフレアがシーアを覗き込もうとするのを、テッドが制した。
「動かすな、上を向かせるのは良くない」
「でも、」
「でもじゃないだろう。そうやって慌てるより何でこうなったのかの原因を見つけないと」
 冷たい言い様、けれど面持ちは必死な様子にフレアは開けた口をそのまま閉じ、軽く俯く。一瞥してからテッドは先程自分が凝視していたもの…シーアがつい先程迄手にし、口にしていた饅頭に手を伸ばした。食べかけの箇所の匂いを確かめて、一瞬躊躇ってから舌先で舐めようとすると、
「…メ…だ…」
「シーア、喋るな」
 一言も言葉にする事がなかったシーアが、咳き込みながらも何かを訴えて来る。耳を寄せて微かな声を聞き取ろうと、テッドはシーアを支えながら屈み込む。
「………」
 まったく聞こえて来ないささやかな声を消すまいと、周囲の仲間も息を殺す。
「――あんた、さっきこいつが買った饅頭を売ってた奴、覚えてるか?」
「はっ? ああ、覚えてるが」
 振り向かれ、声をかけられ、裏声になりつつもハーヴェイは是と告げる。
「間者の可能性がある。捕らえ損なったクールークの残兵かもしれない」
「な。」
「驚いている暇があるか、莫迦者。追い掛けるぞ」
「ば…っ、くそ、判ってる!」
 隣で冷静を保っていたヘルムートに喝を食らい、ぎり、と歯を食いしばりハーヴェイもまた踵を返し走り出す。ヘルムートもまた後を追っていった。
 左の革手袋を外しながらテッドは紋章を発動させる。水の力、本来なら毒等を消す水の力だったが、今回の毒はあまり効き目がない。判っていたが、多少の効力は抑えられる、光を放ちながら彼は今度は目の前のフレアに視線を向ける。
「フレア王女、あんたはユウ先生に今から言うものの解毒剤を作ってもらってきてくれ。
 それから今回の事を軍師でもあんたの父親にでもいいから報告を」
「わ、判ったわ」
 動揺を隠せずにいるがそれでも気丈に振るまい頷く彼女を見、テッドも頷いてひとつの単語を口にする。それは彼女も知識を持っていたらしく、顔を青ざめて一時動きをとめる。だがすぐに持ち直し、是と答えて立ち上がり、駆けていく。
 入れ替わる様に、シグルドが戻って来るのが遠目で見える。
「シーア、まだ意識はあるか」
 ぜいぜいと咳と喀血を繰り返す彼に声をかければ、微かに頷く仕種を見せる。見た目にも弱々しい、顔を歪ませながら水の力を強めると、わずかに大丈夫だ、と呟くのを聞き取る。
「何を」
「平、気。 慣れっ、て…る…」
 思いも寄らぬ言葉にテッドは眼を瞬かせた。……慣れている?
「なんだよ、それ」
 声が震えた。
 どういう事なのだろう、慣れているとは、血を吐く事? …それとも。
「シーア様、テッド」
 辿り着いたシグルドが息を切らして瓶を差し出す。小刻みに震える手で受け取ると、身体の力を失いくたりとテッドに凭れかけはじめている彼の身体を抱えた。瓶に貯えられた液体を口に注ぎ、俯かせて吐かせる。数度繰り返して、今度は手袋の外した左手の指を口内に入れて胃の中のものを戻させる。辺りの床石が、赤く染まっていく。
 慣れている。
 頭の中に響く、嫌な方向で、それは耳に残る。
 自分が予想していることが外れてくれれば良い。そう願う。でなければあまりにも、…あまりにも。
「…慣れてたって、こんな事…っ」
 地を這う様な声が、溢れた。

(シーア、毒が利きにくい体質なお話。お題かなにかにしたかったんですが、見つからないのでこちらで。何か見つけたら移動します)












テド4擬(笑
: 4前提1前話
 「あのさ、結局の所シーアさんとどんな間柄なの?」
 首を傾げて14の少年らしくレイが親友に問いかけると、腕を組み、真面目な顔で暫し悩み、そして徐に真面目な顔のままつかつかとシーアへと歩み寄る。
 がしり、と彼の両手を己の両手で包み込み。
「途切れる事も失う事もないふっかぁい絆で結ばれた仲だよな? 俺達」
 おお真面目な顔で、言い放った。
 ゴ ッ 。
 …そして大真面目な顔をしていた彼の後頭部に鞘のついた剣が落とされる。
「……てぇええっ、な、なにで叩いて…っ」
 涙目で後頭部を押さえながら振り向くと――
 ひおう、と風を切る音が聞こえた。いや、聞こえたというより、その風が彼女の回りで元気に踊っている。帝国の服に身を包んだエルフの女性が、長い金髪の髪を揺らせて、鬼の形相でこちらを睨んでいる。
 …あれ?
「ぽ、ポーラ?」
「……誤解を招くような物言いはやめてください」
 うっわぁ。
 ドスの聞いた声が響く。――大マジで切れてますか。ていうか彼女、こんな性格してましたっけ?
 頭の中が半分パニックになっていた。昔の記憶では、彼女はこういう冗談も静かに流していた様な気がしたのだが…。
「へえ…テッドってそっちの趣味だったんだ…」
 にやにやと悪戯な笑みを浮かべてレイがわざと告げる。近頃彼はこうして意地悪をするようになったなあとぼんやりと思いつつ、目の前のポーラを警戒しながらレイ、と叫ぶ。
「お前わざと煽ってるだろうっ」
「あ、大丈夫。僕テッドがどうでも僕とは親友で居てくれれば全然オッケーだから」
「あのな、ちょっとこれはマジで冗談にならな…っ」
 風の力が強くなっていくのに声が悲鳴になりつつある――と。
 突如、風の力が消えた。
「…? ポーラ、?」
 恐る恐る、視線をやる。声が聞こえてないのか彼女は一点のみを見、それから沈黙を保ってしまう。彼女の視線の先は、テッドの後ろにいるシーアに向けられていた。
「?」
 ゆるりと振り向いてみる。そこに佇んでいたのは。
 無表情のまま、はらはらと双眼から雫を落とすシーアの姿。
 一瞬、自分が言った事を間に受けたのだろうかと焦る、だがこれは違うと直に悟る。傷付いた時、彼は決して泣きはしないからだ、だからこれは別の事で、けれど自分がしでかした事には違いはないのだろうけれど。
「…シーア?」
 ひくりと身体を跳ねさせて、ごめんと謝罪を口にする。涙を手の甲で拭うが、涙はとめどなく溢れ、はらはらと。
「…ごめん」
「お前が謝るんじゃないだろ」
「違う、ごめん。…嬉しかったんだ」
 困った様に、けれどまだ涙を落としながらシーアはふわりと笑う。
「実は結構不安だったというか、最後の方は少しずつ相手しててくれたけど、…そうやって思ってたのは自分だけだったんじゃないかってずっと」
 ぐしぐしと目元を拭いながら言葉を紡ぐ彼に、ふとテッドは息を付いた。
「…あのな、ここで顔合わせた時、言っただろ」
 自分達は同士――仲間だと。
 目元を拭ったままこくんと頷くのに、再度息を付く。…この分だと、判っていたけれど、実感はしていなかったのかもしれない。まあ――昔の自分を思い出せば、それも無理もないのかも知れないが。
 俯き加減になっていたシーアの頭に手をやり、くしゃくしゃに撫でてやる。すると驚いた面持ちで彼が顔を上げたので、今の自分が持つ笑顔を、彼に見せてやった。
 シーアは更に眼を丸くし、そして、
 ふわりと、柔らかく笑った。

(思えばテド4のはじまりはこれだったな…汗)












シーアと…
: 灯りの灯されない部屋
  戸を叩く事もなく無作法に開ける。部屋の中は申し訳程度にしか灯りのない廊下よりも暗かった。部屋の中を照らすのは、窓から差し込む月明かりのみ。
 その窓の傍に、少年が独り佇んでいた。
「また、戦って来たんですね」
「戦争だからな」
 獣の様な声で、扉を開けた男が言葉を吐く。その言葉に何も返さず、彼はゆるりと振り返った。白のローブがするすると音を立てると同時に、金属の音がざらりと響く。それはだらりと垂れ下がった両腕に繋がれている枷からだった。
 遠目で、お互いを見やる。何も言って来ない少年に男は嗤った。
「まだ懲りないか」
 かしゃりと金属を重ねる音が響かせて――彼が纏っている鎧の音だ――、男は近付いていくる。逆光になってぼんやりと光る瞳以外見えなかったのが、窓から溢れる光に照らされて、次第に姿が見えて来る。
 彼は、僅かに顔を歪める。目の前迄来た男の鎧は、真白の筈だ、それが今は深紅に染まっている。
 …血の匂いがきつい。
「……何度言われても同じ事です。僕は貴方の為に――貴方の国の為にこの力は使いません」
 少年の幼い声ながらも低く、はっきりと伝える。昔から強い意志を秘めていると言われた瞳を鋭く光らせ、相手を睨み付ける。
 と、暫しの沈黙の後、く、と男から笑いが漏れた。
「俺がいつ国の為にと言った?」
 彼の返答に少年は眉を潜める。
「戦争をしているのでしょう」
「そうだ、戦争をしている。だがこのくだらない国の為じゃない。
 ――俺の為の戦争だ」
「…なんだって…、っ」
 刹那、襟首を捕まれ、乱暴に窓に押し付けられた。そのまま首に腕を押し付けられ、呼吸が侭ならなくなる。
「お前の力があればこの国の紋章等使わなくともあっという間に国等滅ぶ。そういう力だろう」
「なに、を…っ」
「滅びの力だ、俺はお前のその力――
 罰の紋章の力を、欲している」
 少年を押え付けていた腕が振払われ、少年は床に崩れ落ちる。じゃり、と鎖の床に叩き付けられる音が部屋に響く。
 喉を抑えて咳き込む少年を見下ろして、男は告げる。
「お前が宿している間は持ち主を潰さないと聞いた。だから生かしている。
 …だがこれ以上拒否するのならば、このままお前をあの国に献上する事を考えないでもない」
 戻りたくはないだろう、と厭味たらしく忠告して来る言葉に、少年は睨みあげるのみ。男はただ笑みを浮かべ、そのまま踵を返して部屋から出ていった。
 戸の閉まる音が聞こえても暫し動く事はせず、数度深呼吸を繰り返してから少年は身体を起こした。鎖が酷く重い分銅の様に、ずるずると引きながら上半身を起こし、息を付く。
 片手をゆっくりと持ち上げて、前髪をかきあげる。行動を終えた手は重力に引き寄せられて、ぱたりと膝の上に乗った。相変わらず耳障りな鎖の音が聞こえている。
「…随分と便利な枷を作ったものだよ」
 ほとほと困って、彼は溜息を付いた。

(すいませんすいませんもう何も言えな…(泡)2軸、まあ、ハイランドに捕まったシーアな…パラレルなのかそうじゃないのか(あれー))












ポーラとシーア
: ポーラとシーア
帝国の服…らしい












苦戦
: 「我に宿りし紋章よ」
 死なせるものかと、死なせて、たまるかと。

「その力を今、此処に示せ!」

 言葉を、紡いだ。

 判っていた、時既に遅い事は。不意に己の右手と彼の左手が触れ、力が反発しあった時から既に危険だと。
 けれど彼は真の紋章の継承者であり、その紋章がある限り、己の紋章の意の侭に彼を食らってしまう事はないだろうと思った。あの時の反発は彼は判っていなかった様だが、確かに自分の紋章が彼に向かって見えぬ手を上げたのを、撥ね除けた故の力だったのだから。
 ――とっくに判っていたんだ。
 だから本当は、すぐに立ち去らなければならないと思っていた。けれど力は貸すといった、その言葉を理由に留まった。彼にはあの紋章がある、だから容易くは食われないと、逃げて。
 彼の命が続く限り罰の紋章は彼を自分の紋章から護る。彼の命は罰の紋章が焼いて灰にするものだから。彼が力を使う度に、大きな力を使う度に少しずつ彼のからだから命の輝きが消えていくのは目に見えて判った。あとひとつふたつ、大きな力を使ったら、彼の命は焼き切られてしまうだろう。それは恐らく船の上にいる仲間が最も恐れている彼の死の形の一つだ。
 けれど、紋章の力以外で死ぬ事も、戦闘を続けるこの船ではあたりまえの事で。
 そうなると、彼の命は、どうなるのか、と、いう、と――

 右手が疼く。革手袋の下に埋もれた右手の甲が、嗤うように。
 かぷ、と背から吐く音が聞こえて来る。内臓をやられたのだろうか、苦しそうに繰り返す呼吸と、合間に詰まる音、ぱたぱたと地になにかが落ちる音が聞こえる。
 そうすると攻撃をさける為とはいえ体当たりをしてしまったのはいけなかったかもしれない。けれどもうこちらには、余裕なんてなかった。
 死なせない、絶対に、死なせない。
 彼がいま死ねば、いのちは紋章に焼かれず身体から離れるだけだ。己が傍にいる時に死ねば、彼のいのちは、身体から離れたいのちは。
 大鎌を持った闇が、掴んでしまう。
 ―――絶対に、させるものか。
 ありったけの思いを魔力に込めて、彼は紋章を力に変えた。

(テッドのシーアに対する気持というか、こんな感じ。縋っているような所があります…)












レイとシーア
: 二人旅
とかもいいなあ、とか思ったりもしたりします…