「マクドール家の嫡男?」
 ひたりと手を止めて呆然としたまま呟けば、レイがそう、と頷いた。
「そんなに見えなかったかな。一応マクドール当主テオの子息として通っています」
 そうだ、とシーアは思い出す。テッドの友人がマクドール家の嫡子なのだと昼に考えていたではないか。けれどあまりにも想像していた姿と差がありすぎて、暫し結びつかなかった様だ。
「す、すいません」
「いい、いい。あやまんなって。こいつが庶民臭いだけなんだからよ」
 ぎろりとレイが睨むも、テッドは素知らぬ振りで視線をかわす。シーアはシーアはテッドの家の棚から出してもらったお茶の準備を再開しながら……レイに「客人にやらせるなんて!」とテッドは怒られていたが、それものらりくらりとかわしていた……二人の会話を聞いていた。今準備しているのは先日飲んでいたものではなく、テッドが購入した群島にも交易で入ってくる紅茶だった。
 暖めていたポットに茶葉を入れてお湯を注ぎながら、でも、とシーアが呟く。
「何処かの良い家柄の人かな、とは思ってたんだけどね」
「それがまさかマクドール家の方だとは…思えないですよね」
「まあ、普通貴族が一人で下町に来るなんて滅多にないだろうしな」
 ポーラに続いたテッドの言葉にむつ、とレイが顰め面になる。シーアはそれに苦笑しながら、蓋を閉めたポットに布を被せて暫し蒸らしつつ口を開いた。
「すいません。僕の知る貴族…というのが、民と親しくても疎遠でも…何処か浮世離れしたような印象があって。でも貴方は…そんなイメージは感じなかったんです」
 といっても、シーアが知る貴族とは、大体が大昔の親友ととある国の王族に集中してしまうのだが。自分は取り敢えず置いといて、という話で。
「レイは軍人の家系だからな。其処らの貴族とはちょっと環境が違うのさ」
「そうなの?」
「…おまえな」
 当の本人に訊かれて、テッドががくりと項垂れた。蒸らし終えた茶をカップに注ぐシーアの隣でくすりとポーラが笑う。
「そうですか、貴方がテッドの友人なのですね」
 はい、とレイが頷く。元々良い姿勢を更に正して、浅く頭を下げた。
「レイ・マクドールと申します。その…いろいろとすいませんでした」
「いいえ、結果的にテッドのところへ辿り着けたので、気にしないでください。
 …ですが、先程のやりとりは、どういう事だったのですか?」
 問うポーラに、親友二人は顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
「まあ、何と言うか」
「賭け事ですね」
「………賭け事?」
 はい、とまたこくりとレイが頷く。
「一昨日くらいだったか、俺がシーア達にこの家の場所教えるの忘れてたの、こいつといる時思い出してさ…まあいろいろ端折って、レイだけでシーア達を此処に連れて来れるか、俺の親友だって気付かれず連れて来られるか、賭けてみたんだよ。」
 テッドの説明にレイが端折るな、と突っ込みを入れつつ説明を加える。
「僕はその前の日グレミオに、テッドの知り合いが来たとしか聞いていなかったんです。詳しい事はテッドに聞こうと思って、翌日聞いてみたら、テッドがその事を思い出して。
 じゃあ僕が教えるついでに会いに行こうかな、って言ったら、テッドがなぜか拗ねだして何も教えてくれなかったんです」
「お前その前に人の事散々鈍臭いとかこれだからお年寄りはとか言ってたじゃないか」
「テッドが三百歳なんて宣うから言ってあげてるんじゃないか。」
「お前が初めに年寄り臭いって言ってきたんだろう!」
「えー、何時の事? 忘れたなあ。
 ほらそんな言い合いしてる場合じゃないだろ」
「………」
 テッドは気持ちを切り替える様に咳を一つ、置いてけぼりを食らっているシーア達に説明を続けた。
「…宿の宿泊客だから、一人で探してみろって。その辺りで探せばいつかは見つかるだろうけど、その間にレイの正体…まあマクドールの人間だという事がばれたり、警戒されて断られたり、一言でも何か企んでるのがバレたらアウトって事で賭けてみたんだよ。」
「で、結果は見事完全勝利で」
 にっこりと笑うレイの笑顔は少しだけ恐い。隣で顔を引きつらせて、テッドは言葉をつなぐ。
「グレミオさんにだって逢ってるのにな、何故に気付かないかな。
 と言うか、お前らにしては珍しくほいほい他人によく付いて行ったな」
「え」
「ガキだって油断ならないの、お前だって知ってる筈だろ。
 其処ん所はすごく不思議だったんだけど」
 はた、とカップを配る動きを止めて、シーアは目を幾度か瞬かせた。それから斜め下に視線が行く。…今までの事を回想して、それまでずっとレイに不信感を抱かなかった事に今ようやく気付く。
「………そういえば」
「おいおいおい、マジでか?」
「…うん…全然、多分、昔よりは警戒するようになったつもりだったんだけど」
「それは…私もです。」
「ポーラまで?」
 ポーラの声にテッドが振り向く。彼女もまた呆然としていた…余程驚いたらしい。
「はい。…最初、少しだけ疑いはしましたけれど。けれどそれ以降は、何処か疑うという事を忘れてしまったかの様でした」
 唖然としている二人をみて、テッドは呆れ返った。ゆるりと首をレイに向けて。
「…お前何やったの」
「なんか初っ端から僕が何かしたような口振りなのはいただけないんだけど」
「だってそうだろ! 賄賂でも渡さない限りこれは異常だって!」
「賄賂は逆効果な気がするんだけどなあっ」
「この莫迦にはどんな相手だろうと落とされるとっておきの賄賂があるんだよ」
「僕が知る筈ないってのっ。ていうかさあ、もうちょっと素直に受け取れないのかなテッドはー」
「どうよ」
「シーアさん達が疑わなかったのは、僕が誰かをだませるような人間に見えなかったって事だろう! 流石はシーアさん、たったあの少しの会話で僕に警戒を解いてくれた…!
 何処かの誰かさんも見習うべきだと思うけど」
「シーア。騙されんなよ。こいつは大の悪党なんだぞ。この前グレミオさんが料理中に盗み食いと称して皿一枚丸ごと持ってきやがったからな」
「それはテッドも同罪」
「俺に擦り付けるなよ! この前だってそうだッ…」
 途切れる事を知らない二人の会話に、相槌を打つ事も適わずシーアはただやりとりを見ていた。隣ではもう二人の様子に慣れ始めたのか、落ち着きを取り戻したポーラがひとり悠々と紅茶を飲んでいる。…のは嘘かもしれない。よくよく見れば、微妙に眉間の合間に皺が寄っている。今きっと彼女の思考はフル回転中だ。
 ため息をついて、彼はこどもの喧嘩にしては少しばかりレベルの高い言い合いを続けている二人に視線を戻す。何処か楽しそうにしている様を見て、シーアは少しずつ思考の海に沈んで行った。
 玄関での遣り取りや、先日のグレミオと居た時にも感じては居たけれど、今特に感じる。
 彼は今、幸せなのだろうと。
 三百年独りで苦しみながらも生きてきた彼が、百五十年前には殆ど見せる事のなかった笑顔を、周囲に振りまく様に浮かべている。言葉を交わせば彼の人としての深さは滲み出て、いつかの面影を浮かばせるけれど。今目の前で、屈託のない表情で信頼を寄せる少年に見せる姿も、彼の姿なのだろう。
 良かった。シーアは思った。
 命の灯火が消えかけていた自分に、死ぬなと言ってくれたひと。でも最期と思っていたあの時に、願いを叶えてくれたひと。
 今にも泣きそうな顔で自分を船から見下ろしていたのを、シーアは忘れる事ができなかった。
 いつか彼が笑える日が来るといい。否、来るだろうとは思っていたが…ここだったのだと、シーアは小さく微笑んだ。そして、ゆるりと面持ちを俯ける。
 じわりと…胸の中に何かが滲み出す。微かに息を潜め、目を閉じる。耐える様に拳をかたく握り締め始めたところで、その拳に触れる何かに気付き、目を開けた。
 シーアの拳に、細い指が触れている。見やれば、彼の拳を掌で覆ったポーラがシーアを見上げていた。しずかにしずかに、微笑んでいる。それを見て、シーアはいつの間にか強ばっていた肩の力を抜いた。きつく握り締めていた拳を解いて、彼女の指に絡める。肺に溜まった息を吐いて、彼女に頷いてみせた。ポーラもまた頷いて、ゆるりと絡めた指を離す。
 もう随分前から、シーアは時々強い不安に苛まれる。意味もなく落ち込みかけると、今の様にポーラが落ち着かせてくれていた。原因は多分、判ってはいる。だから彼の前では、その姿は見せない様にしようと思っていたのに。
 感情を鎮める様に静かに深呼吸してから、シーアは顔を上げた。
 二人はまだ言い合いをしている。目の前で俯けば気付かれるだろうと思っていたのだが、彼はレイに全ての意識を向けていたらしい。どうやら内容が出会った頃にまで遡っている二人に少しだけ呆気にとられ、次に苦笑が漏れた。何故か安堵の息が落ちて、少しだけ浮かび上がった複雑な思いを奥へとしまう。
 さらにしばらく時間が経ち、紅茶から湯気が漂わなくなり、新しくいれ直そうとした時、テッドが大げさに手を振った。
「やめやめ、きりがなさ過ぎ。それより俺はシーアのいれた紅茶が飲みたい」
「む、それは同意。じゃあ一時休戦って事で」
「おう」
 一時なんだ、という言葉をかろうじて心の中のみに留めて。シーアはカップに手を伸ばそうとした二人を慌てて止めた。
「もう冷めかけてるから、新しいのいれるよ」
「いい、いい。勿体ないから」
「でも」
「気にする前に自分の分注いでお前も座って飲めって」
 遠慮なくカップを持ち上げて飲み始めた彼にほんの少し途方にくれる。と、隣のレイの視線に気付いて見ると、彼は一度目を瞬かせた。間を一つおき、苦笑してカップを持ち上げる。
「頂きます」
 ほんのりと漂う香りに彼は目を細めて、口を付ける。その動作がひどく自然で、とても優雅だった。先程までテッドと言い争っていたとは思えない程の気品。
 流石は貴族───そう思い、直ぐに否と感じた。貴族ではあるけれど、それ以上の雰囲気があると、シーアは感じた。何故だろうと首を傾げるも、判らずに視線を何かを探す様に彷徨わせた。けれど答えは出てこない。
「シーア?」
 声をかけられて、はたと思考の中から抜け出す。テッドが不思議そうにしていたのに、シーアは苦笑して首を振った。湧いていた湯をポットに注いで、布を被せる。
「ごめん、とてもレイは奇麗な飲み方をするな、と思って。」
「まあ、今でこそはその辺に普通にいるような悪ガキですが、ちょっと前までは純粋培養の箱入りお坊ちゃんだったからな」
「連れ出したのはテッドだろう? それに下町はずっと行ってみたかったし、興味がなかった訳じゃないってさっきも言ったろう」
「…失礼ですが、テッドが来るまで、あまり外に出た事はなかった…という事ですか?」
「恥ずかしながら、そうなります」
 ポーラの問いに、苦笑いをしながらレイが是と頷く。だが、そちらの方が貴族としてはよく見られる姿では、とシーアはこっそりと思った。少なくとも下町へ下りて行く貴族は珍しい。
 三人のカップが空になった所で、丁度程よく蒸れた紅茶を注ぐ。三人分を均等にいれて、新たに今度は少量の湯をポットに注いだ。
 ひくりとテッドの片眉が跳ね上がった事に、シーアは気付かなかった。
「家族の一人が酷く過保護だというのもあるんですけれど、僕は数年前、ちょっと事件に巻き込まれてしまって。それに皆が過剰反応していたんです。僕も皆に心配をかけたくなかったし、一人で外へ出る事に対する不安というのも、少なからずあったので、本当に、付き人が居ない限りは出ていなかったんです。
 僕の武術の師匠等には嗜められた事もあったんですが、どうしても後一歩のきっかけが掴めなかった時に、テッドと出会ったんです。」
「そうだったのですか…。」
「はい。それで何時だったか、テッドは僕らだけで街に行こう、と言い出して」
 ふふ、とちょっとおかしそうに、レイが笑う。
「グレミオに二人で街に出る、と言った途端、もの凄い勢いで反対されました。
 けれど僕も、いずれは国の為に戦う身です。いつまでも閉じ篭っている訳にはいかないし、誰かに護ってもらわれる様な存在であってはならないのだと、きっと思っていたんじゃないでしょうか。最後には折れて、漸く僕は、外へ飛び出す一歩が踏めた、という所です」
「……レイは強いのですね」
 ポーラの言葉に、照れながら彼は首を振る。
「皆の支えがあってこそ、です。皆が大事に育ててくれたから、こうして立ち上がる力を、持てるのだと思っています」
 ゆるり、と頷くポーラに、少年はさらに顔を赤くして笑う。それに目を細めながら、シーアは先程より長く蒸らしたポットを持ち上げた。ずっと空のままだった自分のカップに注いで行く。
「…すいません、今の言葉、グレミオには内緒にしてもらえますか。自分でもちょっと、恥ずかしすぎる言葉だった気がします…」
「はい」
 小さく笑いながら、カップを持ち上げようとしたとき、取っ手が指をかすめた。おや、と思って見るとテッドが顰め面でシーアのカップを取り上げている。がしょっと些か乱暴にカップを置いてから、テッドの前に置かれていたカップをずいとシーアの方へと移動させてきた。
「………」
「………」
 テッドは無言でシーアのものの筈だった紅茶を飲んでいる。目の前に置かれた紅茶に、若干シーアは途方に暮れる。
「…人が一応まじめな話をしているときに何をやってるの?」
 そこで二人の異変に気付いたレイが問いかけてくる。ちら、と彼を一瞬見、テッドは目の前のシーアを睨みつけた。シーアの身体が一瞬竦む。その睨み方の意味を、シーアはまだ覚えていた。
(…そうだ)
 昔から館に仕えていたときの癖で謙った行動を起こす事がままあったのだが、彼はそれを嫌がっていた。その癖が出る時、彼は言葉を出さず、睨みつけて教えてくる。
「べっつにぃ、何処かの誰かさんが相変わらずな事をやってるから、な」
「相変わらず?」
「出涸らし飲んでたんだよ」
「…え?」
 目を瞬かせて、レイが純粋な驚きをのせた瞳で見上げてくるのに、シーアは思わず視線を反らした。横でため息が漏れるのが聞こえる。
「シーア…」
「や、その。このポット丁度三人分だったから…」
「なら二回目にお前のいれたら良かっただろ」
「その前に、皆飲み終わりそうだったし…ほら、それにまだ、三杯目だから、まだ味はある…から…」
 呆れた視線が自分に集中しているのが判って、汗が一筋こめかみを流れていく。
「……まあ、確かに、こんなに美味しいんだから三杯目もまだ美味しそうな気はするけど」
「そういう問題じゃないッ!」
 レイの言葉にテッドが突っ込むのに、呆れ笑いまじりにレイが肩を竦めた。
「判ってるって。そもそもシーアさんはお客さんの筈なのにお茶をいれている時点でなんかずれている気がするんだけど」
「仕方ないだろシーアはいれるのが上手いんだから」
「………否定はしないけどさ…」
『…………』
 最早何処に突っ込めば良いのか判らなくなって、誰もがため息をつく。きりかえる様に、レイが顔を上げた。
「判った、じゃあ他の上手い人にいれてもらえば良いんだ」
「はい?」
「シーアさん、今度我が家に招待させてください」
 暫し、シーアは思考が停止する。…誰の家に?
「……レイの家に、ですか?」
「ええ。グレミオもまたお会いしたいと言っていましたし、他の家族やもうすぐ帰ってくる父にも紹介させていただきたいと思っています」
 ぎょっとする。彼の父親といえば、一人しかいない。
 赤月帝国の将軍の一人、テオ・マクドール。
「お、テオ様戻ってくるのか? 何時?」
「帰路の途中で何事もなければ明後日の予定かな」
「早いなあ。まさか今年も、年越し間際にまた戻る事になるのか?」
「ううん、駐屯先も落ち着いて来たみたいだし、今回は年明けまでいられるみたい」
「そっか、良かったな」
 うん、と嬉しそうに頷くレイに、テッドもまた笑う。どうやらレイの父親は、家にいない方が多い様だ。
 ならば会っておいた方がいいのだろうかと、シーアは考え込んだ。赤月帝国は群島とはクールーク皇国が瓦解した後に直接交流を始めた。オベルの戴冠式にも出席した事があるらしいが…全てが友好的な理由ではないだろう。紋章砲の件もある。
 彼の父親は、レイを見る限りは実直な人ではないかとは思うが、彼の周囲は、どうなのだろう。それに今はまだ北方で小競り合いが続いているが、それが収まれば次はどう動くのか。
 現皇帝の風評は、今少しずつ堕ちて行っている。彼の者がどの様な人物であるかは判らないが、風評のままなのだとしたら、腐れた貴族達が欲目を出して南下し始める可能性は少なくないのではないか。
 その時自分は……どう動くべきなのか。
「シーアさん?」
「ッ、」
 はっとして、シーアは顔を上げる。深く考え込みすぎていた様だ、彼がこちらに意識を向けていた事に気付かなかった。慌てて上げた視線の先に、少年の双眸があった。
 純粋な、強い光を持つ眼。黒曜石の様な光を称えるその目がじっと見つめているのに、シーアは何故か息が抜けて行った。
「どう、しました?」
 ふるり、と首を横に振る。面持ちに苦笑いが浮かんで来た。
 群島の事を考えるのは最早通常の事だ。自分の立場を考えれば仕方のない事でもあるだろうと思っている。
 けれど、レイを見た瞬間、先程まで考えていた事が全て吹き飛んでしまった。懸念や不安を全てさておいて、ただ彼の、レイ・マクドールという少年の父親という存在に、会ってみたいと思ったのだ。
 この国に対する不安は消えてはいないけれど。今は少し、現状を見つめていようと決める。
「…僕も、お会いしてみたいです。レイのお父上に」
 ポーラに是非を尋ねて見れば、彼女も是と伝えて来る。二人を交互に見て、少年の表情が見る間に綻んで行く。
「本当ですか!」
 嬉しそうに、レイが笑って言った。
「では、父の帰還後という事なので、四日後にどうですか? いろいろお話もまだ聞きたい事がありますから、昼からは?」
「その日はまだ仕事もいれてませんし、大丈夫だと思います」
「良かった! では、その様に伝えておきます。四日後、正午前に迎えに行きますので」
「はい、楽しみにしています」
 僕もです、と上機嫌のレイを、テッドが苦笑しながら見ていた。おかしそうな、けれど暖かい眼差し。不意に彼がこちらに気付き、視線を交える。
 ゆるゆると、彼が今度は困った様な苦笑に変わったのに、シーアもつられて微笑んだ。



「良い人だねえ、シーアさんって」
 今日はこの辺りで、とシーア達がテッドの家から去ってから暫くした後。テーブルの上に肘をついてにやにやとレイが笑った。シーア達がいた時には見せなかった悪童の笑顔に、テッドは顔を引き攣らせて身体を引いた。
「…何だよ」
「いーやー? なんか仲良かったみたいだったからね。ポーラさんも美人だったしさ!
 あーあ羨ましいなあ! あんな人達と旅とかしてみたいなあ」
「…それはやめた方がいいと思うけどな」
「え、なんで?」
「あいつは結構やらかす事が無茶苦茶で一緒にいると胃が痛む。」
「…そなの?」
 嘘だあ、と言いた気な面持ちのレイにテッドはため息をついてそうなんだ、と応えた。
「ま、昔の話だからな。今はどうなってるのやら…」
「ふうん。
 ………でも、」
 ふと、声を落としてぽつりと呟いたのに、テッドは顔を上げた。窓の向こう、シーアが去った方向を、レイは真剣な表情で見ている。
「…レイ?」
「うん…ごめん。何でもない」
「なんか、あったか?」
 暫しの逡巡の後、ゆるりと首を横に振る。
「ごめん、まだ確証がないから、言えない」
 そう言うという事は、レイは何か気になる事があるのだ。テッドは彼の視線を追って、窓の向こうの風景を見た。其処にはもう二人の姿は何処にもない。
 テッドの胸の中に、言い様のない不安が、微かに滲み始めた。





話を繋げるって難しいです…2もそうでしたが無理矢理感をなくすって大変ですね…
とりあえずレイ宅訪問まで漕ぎ着けたので上げてみます。そして毎度の様に次は真っ白です…当初の予定ではレイ宅のお話なんてなかったんです…
紅茶ってどんくらいまで飲めば味がなくなるのか調べきれませんでした…でもそうそうなくならない…ですよね? まあ、味はあっても自分の分を一番最後にいれてしまうシーアの行動がテッドは気になって仕方ない様です。ちなみにシーア、紅茶はちゃんと飲みました。勿体ないから。