「…半年!?」 酒場から伸びる階段を上がってすぐ近くの部屋の一室でテッドは素頓狂な声を上げた。苦笑いを浮かべながらシーアがそれに頷きながら、下から貰って来た湯を茶葉を入れた茶壷に注いでいる。彼がいつもいれていた紅茶とは違う種類のものだが、相変わらず洗練された手付きだった。 「そうみたいだ。オベルの哨戒船で発見されるまで全然気付かなかったけど」 「よく生きてたな…っていうか、本当にその時迄」 「うん、全く記憶がない」 はあと溜息をつきながら、テッドはテーブルに肘をついて呆れ果てた顔を乗せた。 「本当にあの時、俺達がどんな気持ちでいたか…」 「うん、御免。それは再開出来た殆どの人に言われた」 「…お前も怒ってやったか?」 「私はシーアが生きていただけで嬉しかったので」 ちらりと、シーアの隣で静かに聞香杯の香りを楽しんでいたポーラに鉾先を向けるも、にこと笑って躱された。嘘だと思いつつ、多分突っ込んでも躱すだけだろうと踏んだテッドは適当に相槌を打った。 「騎士団の皆には思いっきり詰られたよ…」 「だろうなあ。皆お前らの事知ってたし判ってたもんな」 彼は虚ろ気味に軽く笑いながら視線を反らす。 「…隠していると思ってたか?」 「……」 図星らしい。まあ確かに当時は、四六時中傍にも居なかったし、どちらかというと会話も淡白な方だったろうけれど。 けれどお互いがお互いを見合うと、雰囲気が変わる。どことなく穏やかになる、それに気付かない人間は余程鈍感な者でない限りはいなかっただろう。 「…それから、暫くは群島の中を点々とした」 話の方向を変えようと思ったのか、シーアは言葉を切り出した。 「いつ、旅に?」 「四十年後ぐらい、だろうか。父さんが崩御して暫くした後だったから」 聞き慣れない言葉が耳を掠めて、テッドは反復する。 「父さん?」 「あ、」 しまった、と口元を押さえて渋い面持ちになるシーア。何だと問いかけるも、視線を合わせて来ないので答える気はないのだろう、ちら、とテッドはポーラを見ると、彼女はさらりと口を開いた。 「リノ王の事です」 「王様? 養子になったのか」 「いえ、違います」 眉を潜めて先を催促するも、彼女はシーアに視線を流す。テッドも再度シーアに視線を向けた。彼は黙したまま、茶壷から茶海へと淡い黄の茶を注ぐ。茶杯へ分けて、各々に渡してからふ、と息を付いた。 「僕が海に流されてラズリルで拾われた時に来ていた服が見つかったんだ。それを館の人が届けてくれて、其の頃オベルで仕事をさせてもらっていて…受け取った時、あの人達も居たんだ。 その時とう…リノ王がこれはあの時に王子に着せて居た服だ、と言い始めて、後はもう、てんやわんや」 「で、最終的に息子であると、認識されたと」 こくりと頷いて、茶を一口喉に流すシーア。百五十年前は群島諸国を占領しようとした、今はなきクールークから解放する為に結成された軍を率いて居た存在ではあるが、実はあまり、矢面に出されるのは得意ではない。この顔から行くと、随分と表を引っ張り回されていた事だろう。しかし随分と長い間群島に行ってないという事もあるが、噂のひとつでも彼の存在を耳にした事は一度もなかった。 「一度もそんな話は聞いた事なかったぞ」 「うん、オベルと島の代表以外には決して口外しないと約束させたから」 「…まじで?」 「うん。あと、王位継承権は永久放棄で納得させて、島のひとつに永住しない事も約束になってる。 あの時はまだ連盟が出来たばかりだったから。一つ所に大きな力を置いて置くのは支配権を持とうとしていると疑われるだろうって」 仕事はオベルでしていたし、籍もオベルだけどと呟くのにテッドは呆れ返る。 「相変わらず苦労する道ばっか行ってるな、お前…」 「そう、かな」 「ま、それがお前らしいが」 苦笑すれば苦笑で返り、そしてシーアは一瞬戸惑う様に視線を彷徨わせたが、顔をあげて、何気ないという風に言葉を紡いだ。 「テッドは? テッドは…どうしていた?」 とうとう来たかと言う気持ちと、相変わらず相手の立場を見る彼にテッドは苦笑いを浮かべた。 「そうだな…あれから船を降りて、またあちこちを転々としていたよ。 関係のない事に巻き込まれたり魔女の手下に追い掛けられたり…まあそんな変わらないかな」 「…」 「…うん、でも。」 彼は大きく息を吸い、ゆるりと吐く。徐に懐を探り小さな布袋を取り出して、結んでいる口を開ける、そして中に入っていたものを掌に落とした。 出て来たのは、翡翠の石の耳飾。 「…アルドの、だね」 是と、テッドは頷く。 「これと、あと弓と篭手も持ってる。どれかを受け取って欲しい」 「僕に?」 「そうだ。…お前の事、結構心配してた」 「…アルドも心配性だったからなあ」 目を細めて、懐かしそうにシーアは微笑む。 「ずっと傍に居たのか?」 「ああ」 「じゃあ、やっぱりあれは幻だったんだ」 「…は?」 目を瞬かせるテッドの掌から耳飾を受け取って、考え込む様に手の中で転がす。ひとつ間を置いて、耳飾を返しながらシーアは何時だったかな、と呟いた。 「アルドに会ったんだ」 「会った?」 「うん、心配だったんだって言って、それから、テッドはもう大丈夫だって」 「…っ」 「そう言って、姿が見えなくなった」 言葉のないテッドの右手に触れると、一瞬彼の身体が跳ねる。けれど振り払う事なく、重なって来たシーアの左の掌を、自分の左の掌で覆った。 「此処に、居るんだね」 「…ああ。結局俺は、アルドを退けきれなかった。 俺が、あいつを殺したんだ」 「…断罪を受けますって、口調だね」 「お前が望むなら」 顔を上げて、睨むような面持ちでシーアを見たのに、彼は一瞬きょとんとしてから吹き出した。突っ伏してくつくつと笑うのに、些かテッドは腹が立った。 「そこで何で笑うかな、お前」 「いや、御免。 …テッド、アルドは僕達の仲間だったけれど、でも彼は僕のものではないんだよ。確かに僕は彼の無事を願ったけれど、彼の心の願いではない。 彼は彼の思いに従っただけだ」 「…」 「それに」 顔を上げれば、シーアは困った様に笑っている。 「今、罰は赦しの時期なんだ。断罪なんて出来ないよ。 僕が出来るのは、これだけだ」 重ねた左の掌の上に右の掌を重ねて、テッドには聞こえない程囁かに呟く。 紋章が宿る手の甲が熱を持ったと思えば、次に鈴のような音が響いた。波紋の様に広がり、そして消えて行く。 言葉にできず、掠れた音だけが喉から滑り落ちた。これは間違いなく罰の力だ、けれど何処か暖かなものに包まれたような、不思議な感覚に包まれている。 「…シーア」 「特に大した効果がある訳じゃないみたいだけど、罰のもうひとつの力と言うべきかな。命を削らなくなったという以外、他の魔法は相変わらずなんだけどね。 …テッド、罪は消えない。償いは一生続く。それは僕も、ポーラも同じだ。 だからこの力は、ひとつ前へ進むための、それだけの力だ」 「…」 一瞬理解できなくて、呆然と彼の言った言葉を思い出す。そうしてやっとその力が赦しである事を気付いた、そして、自分はそれを受けたのだ。 言葉が出なくて、テッドは俯いた。 それだけで充分すぎる言葉を貰ってしまった。 しばらくの沈黙の後に、テッドはゆるりと顔を上げる。 「ありがとう」 微笑みから生まれた言葉を、シーアは頷く事もなく首を振る事もなく、ただ微笑って受け取る。 笑い返してから、テッドは僅かに溢れて来た照れを隠す為に彼の手を離し、自分の前髪をくしゃりとかき回した。 「そ、そうか…もうシーアの罰は、命を削らないんだな」 「うん。ただ大きな力を使うと魔力と共に体力も削ってしまうけれど。 魔物と戦う位なら他の魔法と変わらなくなったよ」 「…使ってるのか」 「命を削るということがなければ、紋章魔法の中で一番扱いやすいから、つい」 けれど、人前では使ってはいないという言葉に当たり前だとテッドは返した。 「ポーラ、命削らなくなった分罰の扱い雑になっただろ、こいつ」 「雑と言いますか、使い過ぎと言いますか」 「…そうかな」 「そうですよ」 自覚してくださいと言う彼女に苦笑するシーアを見て笑いながら、テッドは冷えてしまった茶杯を持ち上げた。いれ直そうとするシーアを留めて、口を付ける前にふと思い出す。 「…そういやあなんだけど、な。グレミオさんの事なんだけど」 「ああ、うん」 「やっぱり同じ事、考えてたか?」 視線をやれば苦笑が返る、ポーラにも向けると彼女もまた同じく苦笑のまま頷いたのに、テッドも苦笑いを浮かべた。 『アルドに、そっくり』 三人同時に笑いが漏れた。小さく震えながらポーラが口を開く。 「雰囲気が、なんとも…いえませんよね」 「いやあ、雰囲気だけじゃないぞ。案外あいつって手際良かったし奇麗好きだったから、恐らく家ひとつ任せたりしたらグレミオさんとおんなじ事しそうだ」 「え、そうだったの?」 「ああ。船では居候だからって自粛してたみたいだけどな」 笑いが収まってテッドは息をついた。椅子の背もたれに寄りかかって、持ったままの茶杯を指で回す。 「ソウルイーターの中に取り込んでなかったら、生まれ変わりかなとか思ったものだけど。 ああでも。百五十年も経ってんだよな…消化していなくなってもおかしくはないかな……、…」 はたと気付いて、テッドは顔をあげた。彼が見たのは、シーアの横に静かに居るエルフの血を持った女性、ポーラ。彼女は首を傾げて、テッドの視線を不思議そうに受けている。 「どうかしましたか」 「…いや、なんでもない」 不思議そうにする二人から視線を外して、紛らわす様に手に持っていた茶杯を煽った。 冷えてしまった茶が喉を通り抜けて、テッドは吃驚する。 「――甘い?」 「あ、驚いた?」 「ああ…これ、茶だよな」 「うん、僕もはじめ飲んだときは疑ったけど、ちゃんとお茶なんだよ。 冷えてしまったね、待ってて、新しいお湯を貰ってくる」 席を立ってお湯を貰いに部屋を出る彼を送りながら、テッドは残った茶を注いで飲んだ。匂いや色は茶の筈だが、喉を通った時の味が仄かに甘い。珍しいものもあるのだなあと感心していると、ポーラがテッドを呼ぶ。 「テッド」 「ん?」 「先程言いかけたのは、私の事ですね」 ちらを眼を向けて、小さく是とテッドは返した。 「ポーラはエルフだ、エルフは人間よりも長命だが…百五十年は確実に経ってる。それだけ経てば生きてはいてももっと年もとっている筈だ。だけど俺が見る限り、殆ど成長が止まってる。 何があったのかと、あいつに聞いていいのか…迷った」 「…そうですね、あまり得策ではないかもしれません。 詳しい事は後にお話ししますが、私は今呪いに掛かっています」 眉を潜めてテッドは彼女を見るも、彼女は淡々と言葉を続ける。 「シーアは今、私の呪いを解く方法を見つける為に、世界中を旅しています」 「詳しい事を後でも聞いて、いいのか」 「出来れば聞いて頂きたいというのが、本音でしょうか」 ゆるりと、彼女が笑う。その仕草が、テッドは酷く気に掛かった。 「いろいろ、あなたに頼る事になるかもしれません」 「…まあ、三百歳の俺が出来る事なら、やるけども」 少しだけ驚く様に眼を見開かせて、次に困った様に彼女は口ごもる。 「……年齢はひとまず関係ないかと……」 「あ! なんだそれ、おいポーラ、お前莫迦にしてるだろ! あーあーこれだから若輩ってやつはよー」 「約百五十歳の若輩者ですか…?」 「俺にしちゃあまだまだ若いッ。畜生いいなあ百五十歳っ」 「…何の話をしてたの」 扉を開けて聞こえて来た言葉に、苦笑しながらシーアが問うのに、べっつにぃ、とテッドが応えた。 それから、曖昧な記憶を辿りながらの昔語りが続いた。百五十年前、引き蘢り状態だった筈のテッドは驚く程に当時の記憶を覚えていて、時折二人もそうだっただろうかと首を捻る程の詳細も覚えていた。その理由は、どうやら書籍を持ち歩いていたようで。 「あとはま…これか」 取り出したのは、布と油紙に包まれた紙束。広げて見れば、紙には懐かしいものが描かれていた。 「これ…もしかして」 「ああ、リタポンだったか? あの牌に転写してた技術応用して作ったらしいぞ」 「ぞ…ってことは」 「気付いたら、荷物の中に紛れてた。絶対捨てるな! って忠告入りでな」 苦笑混じりにテッドが言い、端が擦り切れている紙の一枚を拾い上げる。その紙の上に描かれていたのは、当時の本拠地の風景、そして仲間達の姿。 「アルドの荷物にも入っていた。どうやら旅に出る奴皆の荷物に詰め込んだらしい、リタ」 「…そっか」 シーアが嬉しそうに微笑む隣で、ひょいとポーラが覗き込む。 「けれど、ただ持っていただけにしては、とても綺麗な状態ではないですか?」 百五十年も経っているのに、というポーラの言葉に、ぎくりと彼が反応する。 「あ、いや、その」 眼を彷徨わせながらしどろもどろになるテッドに、シーアから思わずといった風の笑いが漏れた。 「…シーアッ」 「ごめん」 「…………なんだよ、悪いかよ。それなりに彼処は好きだったんだよ」 やけっぱちに呟いた言葉の後の応えが返って来ず、テッドは訝しげに顔をあげると、二人は驚いたように目を見開かせて固まっていた。 「な、なんだ?」 「…本当ですか?」 「は?」 「本当に、思っててくれた?」 二人から問われた内容を理解して、テッドは苦笑した。それは昔の態度を思い出せば、仕方のない問いだった。 「そうだよ、だからこそ、あの時は突っ撥ねたんだ。 居心地が良すぎて、離れたくないって思いそうだったから…だから離れたんだ。 これも本当は捨てようと思ったんだけどな、でもそれは俺が霧の船から出てきた時に決心した事とは違うだろうと思って、……まあそれなりに大事に保存してた。 最近なんだ、広げて見られるようになったのは。もう殆ど忘れかけてたんだけどな、律儀に紙の裏に名前と簡素な紹介が書いてあって…。 ほんとに、お節介ばかりだったな、あの船は」 それはリタだけではなく、シーアやアルドは然り、赤髪の軍師やオベルの王やその娘、他にもいた沢山の仲間もそうだった。海賊等は時々突っかかって来たが、少なからずはテッドの事を思っての行動だったのだろう。 大勢の、船の仲間。テッドが仲間だったと思える、群島で出逢った人達。 シーアを、真正面から見た。あの船へ乗せてくれたひと。あの時唯一、真の紋章を持つ同士だった者。 彼はテッドからの視線を受けていたが、暫くして意を決した様に、少しだけ顔をこわばらせた。 「テッド」 「なんだ?」 声を喉に引っ掛かった様な仕草をみせて、けれど、やっとという風に声を出して、シーアは言葉を続けた。 「…とても、今更な話なのだけど。でも、もし出来たら、今度こそ。 友達に、なってくれないかな」 そう言って、差し出して来た左手と、彼の顔を。彼から紡がれた言葉を頭の中で繰り返しながら交互に見る。そして思わず苦笑を浮かべてしまった。 ああそうだと、彼の手を、自分は払ってしまった事を、テッドはすっかり忘れてしまっていた。この様子を見るとシーアの方はまだ覚えていたのかもしれない…彼にしてはあまり良くない意味で記憶に残る思い出だったのだろう。 微かに諦め気味に笑み始めたシーアの差し出された左手に自分の右手を重ねて、ゆるりと握りしめた。 「あのさ、シーア」 「うん」 「俺、友達にはなれないと思う」 「……うん」 引きそうになる手を握りしめて留めたまま、だって、と音を続けて紡ぐ。 「お前は、同士だから」 「…え?」 「それも単なる仲間とかそんなんじゃないぞ? 俺たちしか判らない繋がりを持っていた同士だ。 あの時、あの船の中で、たった一人だけの存在だった。真の紋章は27あるから、そういう意味での仲間はまだいるけれど。 お前は特別な「同士」だと、俺は思ってるよ。そしてそれは、友達とは違うものだと、思うんだ」 「…」 「だから、な。友達には、なれないと思う。思うというよりは、同士でありたいかな」 驚くままだったシーアの面持ちが、次第に解れ、ゆるりと嬉しそうな、本当に嬉しそうな…それでもささやかな微笑みに変わる。テッドが握りしめたままの手が握り返して来て。 「…うん」 彼にしては本当に嬉しそうに、頷いて言った。テッドもまた嬉しさを満面の笑みで返す。 「ポーラ、お前もそうだからな。」 シーアの隣で静かに見守っていたポーラに声をかけると、心得ているとばかりに彼女は頷く。 「ま、どっちかってとポーラとは『シーアの心配をする』同士だけどな」 「そうですね」 「……二人とも……」 苦笑いを浮かべたシーアに笑ってやって、ああ、とテッドは溜息を漏らした。 「何か?」 「いや、でも、友達ってのも良かったかなあ。なんて」 ほろりと落とした言葉に、シーアが声を立てて笑った。 「お前、何時迄居るつもりだ?」 夜も更け、明日の仕事の為に自分の部屋へ帰ろうとしたテッドが振り返ってシーアに聞く。 宿屋の光に照らされてぼんやりと闇の中に浮かぶ彼は、暫し思案してから口を開いた。 「決めては居ないけれど、良い宿だから冬は此処で越そうと思ってる」 「そうか、じゃあ暫く居るんだな。 暇な時声をかけてくれ、会わせたい奴が居るんだ」 「…グレミオさんが言っていた人の事?」 よく聞いてたなあ、とテッドが舌を巻く。あの会話は聞き流されても構わないようなものだったのに。 「俺の親友なんだ、お前に会わせたい」 「テッド…、…友達が出来たんだ」 ああ、と朗らかに笑うのに、つられた様にシーアも笑う。 「判った。その内に」 「おう、じゃあまたな」 手を振って去って行く姿に振りかえし、姿が見えなくなる迄二人は佇んでいた。 後ろ姿が見えなくなり、辺りには宿の賑わいと、灯籠の火が揺れる音以外になくなってから。 「ポーラ」 ぽつりと、抑制した声でシーアが彼女を呼んだ。 「少し、外を歩いても良いかな」 「はい」 是と頷いた彼女に笑って、ゆるりと歩き出す。そのささやか斜め後ろに続くポーラと共に、淡々と夜の明かりの中を歩いて行き、まだ残っていた人の気配が途切れた頃に、シーアは立ち止まった。倣ってポーラも歩みを止める。 街の光が仄かに背を照らして、目の前に淡く黒い陰を伸ばしていた。 「…笑って、いたね、テッド」 「そうですね」 「あんなに力強い笑顔を、昔は見た事がなかった。 彼はこの百五十年の間できっと、越えるべきものを、越えたんだね。」 「ええ…、そうなのでしょう」 「ポーラ」 「はい」 ひとつふたつ、間が空いて。 「僕は、笑えていた?」 弱々しい声が、彼女に尋ねた。 「彼が気付かなかったから多分作っていなかったのだと思うけど。 …ちゃんと笑えて、いた?」 「大丈夫でしたよ、シーア」 良かった、と震える声が安堵の音を紡ぐ。 「…シーア」 「……御免」 己の身体を己の両腕で抱き締めて、わずかに俯く。 「驚いた、嬉しかった。彼が生きていて、彼とまた出会えて。 ………何より同士だと言ってくれて、本当に嬉しくて。 恐く、なった」 「…」 「幻滅しないだろうか、がっかりしないだろうか。 そんなことばかり、考えている」 「…シーア」 「本当に、…本当に、僕は莫迦だったから」 そろと肩に彼女の手が触れる。じわりと伝わってくる体温に、シーアは眼を閉じた。 目の前に広がる闇に、目眩を起こしそうになりながら。 前の話からどんだけの時間をかけたか判りません。(すいませんでした(叩頭))やっと書けた…しかしあとひとつちゃんとかかなきゃならんのが…っ(坊ちゃん初対面) 書きたいものがありすぎて書き忘れがありそうです…(うつろなめ)もしかしたら予告なくこっそり書き足しや修正してるかもしません。 ちなみに彼らが飲んでいるのは中国茶で、実際にあるお茶です。 ■ |